ハッシュ〜沈黙注意報〜

ロマンスもエッチも一切なし!で、やたらに食欲と飲欲ばかりを刺激する、国を挙げての世界戦略が見て取れるー韓国版「プレス」

허쉬/Hush
2020年  韓国 カラーHD 70分 全16話 JTBC Amazon Primeで独占配信
脚本:キム・ギョンミン 原作:チョン・ジニョン「침묵주의보」(沈黙注意報) 監督:チェ・ギュシク
出演:ファン・ジョンミン、イム・ユナ(少女時代)、キョン・スジン、キム・ウォネ、ソン・ビョンホ、ワン・ユソン、イ・スンジュン、パク・ホサン、ペク・ジョーヒー、キム・ジェイチョル、イ・ジフンほか

 韓国ドラマに、520億もの投資を発表して囲い込みを進めているNetflixに、水をあけられた感のあるAmazonだが、ようやく本気で後追いを始めたののか?韓国のケーブルTV局JTBCで去年12月から今年にかけて放映された新作「ハッシュ〜沈黙注意報〜」をPrime独占で配信を始めた。
 『ユア・マイ・サンシャイン』『国際市場で逢いましょう』『工作 黒金星と呼ばれた男』など骨太の映画で知られる大物俳優、ファン・ジョンミンが8年ぶりに出演したTVドラマであり、日本でも人気の高いアイドル「少女時代」のセンターで女優に転身した、イム・ユナと共演するというのも話題になっているようだ。
 ジョンミンもユナもプレス発表で、台本を読んだ時点で、もはや出演するかどうかを悩む余地もなかった・・と答えている通り、ドラマのストーリー自体がよく出ている。チョン・ジニョンの小説「沈黙注意報」が原作で、韓国新聞社の内情がリアルに描かれてるのと同時に、現代韓国が抱える過酷な若者たちの労働条件や格差問題も十分に盛り込まれているのは、なかなか見事である。

 ドラマの舞台は韓国の大手新聞社「毎日韓国」。デジタルニュース部は、昔ながらの大新聞社ではおまけのような部署で、やる気のない記者の吹き溜まりになっている。6年前の事件以来、ヤル気を失った元熱血記者のハン・ジュンヒョク(ジョンミン)は、この部署でもはや記事は書かず、やることといえば他メディアの記事の切り貼りと、きわどいタイトルで視聴者を釣り上げる「釣り師」としてお茶を濁す日々。いずれにせよ昼間から会社はサボって、昼間から馴染みの刑事とビリヤードで暇を潰すダメ中年男だ。
 その毎日韓国に4人の若いインターンがやってきた。通常採用とは別枠でブラインド選考した女2人と男2人の若者達。(そこには実は裏の理由があったのだが・・そことが明らかになるのはドラマのラスト近くである。)大変な倍率を乗り越えてやってきた、ヤル気満々の若者達は、とりあえずデジタルニュース部に回され、教育係に指名されたのが、ジュンヒョクだった。
 優秀な4人に、「何も教えることはない」と逃げ腰なジュンヒョクだが・・。6年前の事件でも因縁のある局長に直々呼ばれ、一番優秀な女性インターン、ウ・スヨン(キョン・スジン)を地方大学出身であることを理由に切れと命じられる。もう一人の女性インターンであるイ・ジズ(イム・ユナ)は、責めるような眼差しでいつもジュンヒョクを見張っている。実はジスは、ジュンヒョクが今のようなダメ記者に成り下がるきっかけとなった事件と深い関わりがある娘だったのである。

 オープニングのインタンーンが勢ぞろいするシーンなどは、完全に英国の新聞社事情をシャープに描いたBBCのドラマ「プレス 事件と欲望の現場」の韓国版か?と思わせるスタートだが、どうも最初の方のジュンヒョクとその周辺のデジタルニュース部の面々の毎日は、むしろテレ東のドラマパラビ枠で2020年に放映された「働かざる者たち」(おそらく新聞社関係の会社員を兼務していると思われる原作者サレンダー橋本の漫画を原作として、濱田岳主演ドラマ)を思い出させるリアルなダメさ加減である。
 韓国の新聞の日常は、一部は非常に昭和の日本の新聞社にそっくりで、実感としてよくわかるが、逆に社会の歪みは日本よりさらに拡大していて、そのギャップがなかなかドラマチックでもある。日本でも80年代まではこうだったと思うが、ともかく毎日韓国の記者達は酒が強い。おっさんや次長クラスの女傑が酒に強いのは、まあ当然だろうが、若者達まで酒が強くて韓国焼酎をぐびぐび飲む姿は、今の日本ではもはや見られないのでノスタルジーを感じるほど。イム・ユナ演じるイ・ジスも美人さんなのに、ガールズバーのバーテンのごとく見事な手つきで爆弾酒(ビール+焼酎)を作る。

 また酒だけでなく、特徴のある韓国料理が毎回出てきて食欲をそそる。実は全16回のタイトルがほぼ全て料理名(コーヒーとチキンゲームもあるが)になっているのだ。韓国は葬儀では「ユッケジャン」を食べるとか、鉄板で炙るうなぎは、天然ものはわざと釣り針をつけたまま、天然であることをアピールしているとか、やっぱり一番悪い奴の会食では、サメガレイや鯛などのお刺身が出るんだな・・とかプチ情報もさりげなく盛り込まれている。CNNなどを見ていると韓国は国を挙げて、よく韓国グルメを観光の目玉としてアピールしているが、今や世界をターゲットに作られている韓国ドラマには、ドラマだけでなく観光誘致の秘密兵器としての思惑もあるのだろう・・と思わせるような仕掛けだ。そういえば、監督のチェ・ギュシクは、「美味しい初恋ゴハン行こうよ」シリーズや「おひとりさま〜一人酒男女〜」などグルメものが得意な監督でもある。何れにしても見ると腹が減るのだ。
 その代わりと言ってはなんだが1本1時間以上で16回も続くドラマの中で、ロマンスもセックスシーンも一切なしで、恋愛はカスリもしない。その辺は、イム・ユナのイメージを生かすための縛りなのかもしれないが?とにかくドラマ全体としては、この縛りは実は非常に成功しているとも言える。ユナの演じるイ・ジスは、元々はお嬢さん育ちのはずが、今は過酷な日々を生きている。他の若者達も、表面は取り繕っているが、日々を生きることが誠意一敗で、恋愛の入り込む余裕は見えない。中年達もみな家庭があり、根が真面目な登場人物ばかりで、かえって無理やりな色恋がないところがリアリティを高めているのだ。

撮影風景

 物語の骨格が、イ・ジスとジュンヒョクの因縁と対決なのかと思わせる情報が多いが、ストーリーが始まるとそこは意外にも早く暴露され、会社ぐるみの大きな暗部に飲み込まれてしまう。本当のテーマは、個人の正義対企業の利害といったところか?欧米ものだと、個人主義や信念は概ね最後には勝つので、早めに結論は出るのだろうが、一面では日本の昭和以上に同族親族を大事にし、巨大企業とはいえ家族的な終身雇用感覚が強い韓国のこと(ただし、一方では1997年に起こった通貨危機でIMFの支配下に入ったことを契機に、格差が日本を超えて拡大し、大企業に就職できない若者のほとんどは、派遣/アルバイト/インターンなど使い捨て労働力として消費されていくという過酷な現実もある)その葛藤は、簡単にケリがつかない。
 ジュンヒョクと編集局長ナ・ソンウォン(ソン・ビョンホ)の因縁と関係が、まさに全てを象徴しているのだろう。「ヘチ 王座への道」のチョ・テグ役などでも知られる、劇団出身で重みのある演技のできるビョンホが演じるソンウォンは、単純な悪役ではない。ジュンヒョクが記者としてのプライドをなくした事件の発端となった誤報記事は、ジュンヒョクの名前でソンウォンが書き換えたものだし、裏では社長をうまくハンドリングして、全ての人事も掌握している。会社に利益になると思えば、記者のスクープを握りつぶして、政治家の機嫌をとることも厭わない、ダークな人間だ。
 しかし、実はあの6年前の誤報記事の事件の日に、ジュンヒョクの幼い娘が交通事故に遭い、その命を救うために大病院に顔を効かせてくれたのも部長のソンウォンであった。組織のためには正義を握りつぶすが、もう一方で部下の才能を認め、それを育最後まで見捨てない。偽善的なソンウォンへの反発と、自分を見捨てずにかばい続けるソンウォンへの断ち切れない気持ちがジュンヒョクの葛藤であり、その他の多くの登場人物が抱える、個人的な正義と会社への断ち難い気持ちの揺れも同様に描かれてゆく。

 ファン・ジョンミンとソン・ビョンホら名優の演技は十分にすばらしい。イム・ユナも十分及第点だと思う。ジュンヒョクの入社当時教育係だった、男勝りの社会部キャップ、ヤン・ユンギョンを演じたユン・セン、政治部からデジタルニュース部に左遷される無骨な先輩チョン・セジュンを演じたキム・ウォネ(「私だけに見える探偵」でも探偵事務所所長ハン・サンソプを演じていた、バイプレイヤーとして引っ張りだこのコメディ俳優)、当初は逃げ腰な同僚、キム・ギハを演じるイ・スンジュン、問題となるインターン、オ・スヨンを演じたキョン・スジンらは、それぞれ好感のもてる演技と言えよう。
 とにかく1本が1時間以上と長いので、最初に出てきた登場人物の関係が実は、過去にはいろいろなことあったとじっくり説明してくれる。最後の方は予想はつくし、いくつか、そんな偶然が?という部分はあるが、韓国ドラマとしては申し分ない出来だ。スローモーションの回想シーンがほぼないだけでも好ましい。ただし、毎回のエンディングは、スティールによる振り返りで、毎回別のあまりよくもないタイアップのK-POPがかかるところはご愛嬌だ。

by 寅松

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