海外ドラマ

ソールズベリ 毒殺未遂事件

ノビチョク怖っ!っていう日本人のよく知らない、英国大事件の豪華版再現ドラマ!

The Salisbury Poisonings
2020年 イギリス カラーHD 55分 全4話 Dancing Ledge Productions/BBC AXNミステリー・チャンネルで放映
クリエイター:デクラン・ローン、アダム・パターソン 監督:ソウル・ディブ
出演:アンヌ=マリー・ダフ、マイアンナ・バーリング、レイフ・スポール、アナベル・スコーリー ほか

 最初から最後までノビチョク怖っ!!っていう感想のドラマ。というか一応ドラマ形式ではあるけど、元BBCの2人の記者ローンとパターソンが1年間にわたる取材をもとにして制作した脚本は、モロ実話なので(多少そのままやれない部分があったとしても)サスペンス・ドラマではなくて、事件の豪華な再現ドラマだと思えば近いだろう。
 BBC、過去6年間の9時台のドラマで最高視聴率というのも、コロナ・ロックダウン中であったことも大きいが、イギリス人にとっては身近で起こったことであり、笑い事では済まない事件だったからに違いない。国内でノビチョクですよ!お客さん!

 事件が起こったのは、1220年に建造が開始された有名な大聖堂で知られる、西部イングランドの観光都市、ソールズベリー。2018年の3月、この美しい街の公園のベンチに座っていたロシア人親子が突然倒れる。父親の方は、MI6の情報提供者(スパイ)で、捕虜交換プログラムで英国に移住したロシアの元情報機関員セルゲイ・スクリープルで、娘のユリアと一緒に狙われたのだ。
 救急車やヘリが出動する騒ぎになるが、どうやら毒物らしいとことが判明し、公衆衛生の緊急事態に対処するためのチームが召集される。
 ノビチョクだとわかるのは、国の専門機関で検査されてから。ちなみにノビチョクってのは、戦時中にロシアが開発し、スプーン1杯程度で数千人も殺せる上に、一度撒いたら50年以上も無毒化しないという・・最強最悪の化学兵器です。
 のっけから登場する、アンヌ=マリー・ダフが演じるウィルトシャー州の公衆保健局長、トレーシー・ダシュキェヴィチがとてもうらぶれている。最初から痩せすぎで、調子も悪そうだが、事態が進行すると全く家にも帰れず激しくゾンビ化してゆくので、彼女を見るだけで十分恐ろしい。機密事項で家族にも説明できないまま、ひたすら仕事に振り回されるトレーシーに、精神科医の夫テッド(ウィリアム・ヒューストン)も息子のトビーも困り顔だ。
 そのほかに、中心人物として描かれるのは、事件後すぐにスクリープル邸を捜査した警官のニック・ベイリー(スポール)とその家族。ベイリーは、どこかの段階でノビチョクに触れてしまったらしく、その後入院して生死の境を彷徨う。毒物封じ込めのために家族は家をだされ、車から娘たちの持ち物まで、家財道具全てが念のために焼き払われるが、その保証はどこもしてくれなかったという・・じつにひどい目にあった家族である。ベイリーはその後なんとか回復して復職したらしい。
 もう一組、最初は事件と関係なさそうなのに最初から登場するのが、元薬物中毒で今もアルコールの問題を抱えて、元中毒者の共同住宅でリハビリを行うドーン・スタージェス(マーク・ビリンガムの小説をドラマ化した「イン・ザ・ダーク」などに主演していた、スウェーデン出身のマイアンナ・バーリングが演じている)と、その彼氏であるチャーリー(ジョニー・ハリス)のエピソード。
 ソルズベリーではなく少し離れたエイムズベリーで、新しい部屋を借りたチャーリーと、その近くに住む親に預けっぱなしにしていた娘グレイシー(ソフィア・アリー)にも会えると喜んでいるドーン。ソールズベリーの騒ぎも一旦収束しかけて、一体なんの関係があるのかと思っていたら、大変なことが起こりました!
 ともかく、家具がないからといって、ゴミ箱を漁るのはやめましょう!新品同然だからといって、拾った香水を人にあげるのも、金輪際やめましょうね!
 実は、これはのちになってわかることだが、犯行に及んだロシアのスパイたちは、高級ブランドの香水壜にノビチョクを詰めて持ち込んでいたらしく、それがエイムズベリーのゴミ箱に捨てられていたようだ。
 これを拾ったチャーリーからプレゼントとして香水をもらって喜んでつけたドーンは、最終的な犠牲者になってしまう。

 このドラマ自体も、最後の方はどう収束したかが省略されていて、数ヶ月後のドーンの葬式やら当事者たちのその後が描かれるのみ。なんとなく後味は悪い。
 しかし、現実の社会はなおさら曖昧なようで、報道がないのでどんな状態なのかはわからないが、最初に狙われたセルゲイとユリアは死んではいないようで、結局のところ何の関係もない英国人のドーンが、最大の被害者である。英国政府は実行犯を特定して、ロシアに抗議したが、ロシアは知らんぷりもいいところで、「言いがかりだ!」とふん反り返っている。
 それどころか、つい最近もプーチンは平気で野党指導者のワリヌイ氏をノビチョク暗殺司令。失敗すると今度は強引に刑務所に収監する始末で、もはや完全に暴走中だ。
 チベットやウィグル族を虐殺し、香港の自治を剥奪した習近平に、国民の意思をまったく気にしないミャンマー軍のミン・アラン・フライン。安倍晋三やドナルド・トランプは曲がりなりにも一時退いてはいるが、世界はまさに気の狂った独裁者が平気で好きかってにやっても、誰も止めないという状況。
 コロナの蔓延が、あまりに強烈なのでついつい忘れそうになるが、このことを世界はまたいつか、いやでも思い出さなければならない日を迎えるに違いない。

by 寅松

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