海外ドラマ

証拠は語る〜誰が母を殺したのか?

神経症VS情緒不安定!やや困った女たちの真実の追跡!最新スコティッシュ・ミステリー!

Traces
2019年 イギリス カラーHD 60分 全6話 UKTV Alibi Channel AXNミステリーで放映 Amazon Primeで視聴可能
クリエイター:アメリア・ブルモア 原案:ヴァル・マクダミード 監督:レベッカ・ゲットワード、メアリー・ナイ
出演:モリー・ウィンザー、ローラ・フレイザー、マーティン・コムストン、ジェニファー・スペンス、マイケル・ナードン、ジョン・ゴードン・シンクレアほか

 特徴的なテイ湾にかかる長い橋を渡って、大学を出たばかりに見える若い女のコ、エマ(モリー・ウインザー)が車を飛ばす。たどり着いた先はダンディー、地元大学の研究施設。彼女は新任の研究助手として、大学の分析ラボに就職したらしい。どう見ても地元の娘に見えない彼女は、出身を聞かれて「ここよ」と答える。実は彼女には、幼い頃に母親を惨殺され、この地を離れたという暗い過去があったのだ。
 地元警察の科学捜査に協力している大学のラボに就職したのも、迷宮入りとなっている母親が殺された事件の真相を追求したいという野望があったからだ。
 見るからに神経質そうで、情緒不安定でうつ病の病歴もある主人公のエマを受け入れて、上司として彼女を励ます教授の方も、実はやや神経症ぎみのサラ・ゴードン(ローラ・フレイザー)だ。出だしからエマは、大学の始めた犯罪捜査実習のオンライン授業で使われているのが、自分の母親のケースに違いないと疑い過呼吸に陥って、教授のサラに訴える。サラの方もそんなことはないと否定しながらも、内心、自分が無意識に類似点を意識していてエマを採用したのかもしれないと心配したりする。
 この話は非常に印象的で、大きな伏線なのかと思うと実はそうでもないのだが、この事件をきっかけにエマの母親の再捜査がゆっくりと動き始めるのだ。

 タータン・ノワール(スコットランド産ダークサスペンス)の旗手でCWA賞のゴールド・ダガー(最高賞)を受けたこともある、スコットランドの女性推理小説家ヴァル・マクダミードの原案を、女性脚本家と女性監督たちが、すぐれた女優たちと見ごたえのあるドラマに仕上げている。最近BBC系(本作を製作のUKTVと放映したAlibi ChannelはBBC傘下 )では、こういう女性のクリエイターが主導権を握る作品はちらほら出てきた。
 ジョディ・コマー主演の「13 サーティーン/誘拐事件ファイル 」を手がけた、クリエイターのマーニー・ディケンズと、ディレクションのヴァネッサ・キャスウィルは、次の「ゴールド・ディガー」<Gold Digger>(2018)でも再びコンビを組んでいるし、最近アマゾン・プライムで視聴が可能となった「ハッピー・バレー 復讐の町」も北部イングランド(ヨークシャー)の現状とその地の女性にこだわったクリエイター、サリー・ウェインライトが主導したドラマだ。
 このドラマでは、クリエイター(脚本)を女優でもあるアメリア・ブルモアが、監督を、名優ビル・ナイの娘さんで女優でもあるメアリー・ナイと、舞台からTVに進出したレベッカ・ゲットワードが共同で務めている。
 物語の骨格はちゃんとしているが、主人公のエマや、彼女を見守るサラ、さらにはレズビアンで頼りになるサラの同僚キャシー、亡くなったエマの母親の親友で入院しているイジーなど女性の登場人物の、物事の受け取り方、理解の仕方には女性ならではの視点が生かされているように思える。危うい感じの若いエマだが、最後まで意志が強く、周りの圧力に屈しない姿も印象的だ。
 ただエマと、最後には大きな役割を担う運命の相手ダニエル・マカフィー(マーティン・コムストン)の出会いがまったく偶然なのだけは、ミステリー的にはいただけない。たぶん、ロマンティックな要素の方を活かしたかったのだろう。
 「ブレイキング・バッド」「ロック・ネス〜湖に沈んだ謎 」「ザ・ミッシング」など、神経質女を演じさせたら天下一品のスコットランド女優、ローラ・フレイザーの演じるサラ・ゴードン博士、子役時代に主演した<The Unloved>(2009)ですでにその演技力を認めれていた22歳のモリー・ウィンザーが演じるエマ。もちろん演技がうまいのだが、主演の2人は見るからに危なそうで、どうなることやらと心配になる。一方、彼らを取り巻くのは安心できる人物たちでバランスが取られている。
 サラの同僚で法人類学の教授キャシー(ジェニファー・スペンス)は、レズビアンとしては対面を気にしすぎるきらいはあるが、実に冷静沈着。少し東洋系が混じっている顔立ちだが、カナダ出身の女優のスペンスには若干日本の血が流れているようだ。
 サラと付き合っているらしい、地元警察のオヤジ刑事ニール(マイケル・ナードン 「ナイト・マネージャー」「チェイルド44」)や、エマと付き合うことになるダニエル(マーティン・コムストン)の2人も人の良さそうなスコティッシュ気質丸出しで頼りになる。ケン・ローチ監督の<Sweet Sixteen>で見出され、「ライン・オブ・デューティ 汚職特捜班」のスティーブ・アーノット巡査部長などで知られるコムストンは、実は若いころはプロ・サッカー選手でアバディーンやグリノック・モートンに所属していたらしい。
 ドラマの舞台はスコットランドなのだが、フレイザーが主演した「ロック・ネス〜湖に沈んだ謎 」のような観光ご当地ミステリーとは少々趣が違うようだ。スコットランド中部に位置するダンディー<Dundee>は、テイ湾に臨むスコットランド4番目の都市で凡庸な小都市。スコットランドというよりアメリカの田舎のような光景である。昔からのジュート織物などの産業が衰退したが、今はデジタル系産業が伸長しているらしく、大学がオンライン教育に取り組む話もこのへんの実態を反映しているらしい。
 この街は、60年代からロック系のミュージシャンをけっこう輩出していて、アベレージ・ホワイトバンド(元ダンディー・ホーンズ)や、80年代のシンセポップ・デュオ、アソシエイツ。さらにダニー・ウィルソンやデコン・ブルーのリッキー・ロスなど、あえてケルト系を強調しないセンスのいいメンツが揃っている。エマの実の父である、ドリュー・カヴィン(ジョン・ゴードン・シンクレア)が現在はクラブ・サーキットでシンガーをやっているらしいのも、こんな街の雰囲気を表しているのかもしれない。(サラが父に会いに行く冒頭で、幼馴染みのスカイに、父親には「旅行に出ていなければ会えるかも」と言う場面は、ミュージシャンなんだから「ツアーに出ていなければ会えるかも」と訳してあげるべきだろう。)
 ドローン空撮で何度も登場する、ダンディーの中心部にある丘、ダンディー・ロウは、低いながらも下は休火山で、真ん中の目立つ塔は第1次/2次世界大戦の記念塔らしい。

 オープニングの暗さも良い。若い視聴者にはまったくわからないと思うが、50代から上くらいの人間なら、オープニング・タイトルのしっとりとした曲にハッとしたかもしれない。60年代にエリック・バートンとアニマルズがメガヒットさせた「悲しき願い」<Don’t Let Me Be Misunderstood>の最新カヴァーである。
 アニマルズで有名になったこの曲は、ミディアム・テンポのロックとして今日認知されているが、ジャズ歌手ニーナ・シモンがしっとり歌い上げたオリジナルは、実はラテン風味のバラードだ。その意味で、若いのに魔女系のシンガー・ソングライター、バレリー・ブルサードが歌うカヴァーは、オリジナルに近いバラードのホラー風味版である。
「誰もが、いつも天使ではいられないの。うまくいかないときは悪く見えるでしょう?でも神様、どうか私を誤解させないで・・・」
 オープニングで彼女が歌う部分の歌詞は、死んだ母親が主人公に謝っているように思えて仕方ない。

 蛇足だが邦題「証拠は語る〜誰が母を殺したのか?」はひどい。英国で放映されたばかりの最新作なのに、このタイトルを見て誰が現代のドラマだと思うだろうか?原題の<Traces>は、もちろん証拠の「痕跡」と言う意味だが、足どりを辿るという動詞の意味や、面影や名残という意味もあり、エマの母親への感情を凝縮させたものになっていると思う。

「証拠は語る」シーズン2の評はこちら>>

by 寅松

オープニングに使用された、バレリー・ブルサードの「悲しき願い」