海外ドラマ

チェルノブイリ

権力体制維持のための滑稽なまでの嘘がもたらす人類への犯罪、世界で日本人だけは笑って見られない!世界の終末を見る恐ろしさ!

Chernobyl
2019年 アメリカ/イギリス カラーHD 63分〜76分 全5話 HBO/Sky Atlantic、Sister Pictures スターチャンネルで放映 Amazon Primeで視聴可能
クリエイター:クレイグ・メイジン 監督:ヨハン・レンク
出演:ジャレッド・ハリス、ステラン・スカルスガルド、エミリー・ワトソン、ジェシー・バックリー、ポール・リッターほか

 2019年、71回エミー賞において、リミテッドシリーズ(ミニシリーズ)部門の作品賞、監督賞、脚本賞など(その他多数)総なめにした、世界に衝撃を与えたHBOの作品だ。IMDBやRotten Tomatoなどの批評サイトでも過去に例がない高評価を得た。
 ドラマは全編英語で、登場人物は英国やスウェーデンの俳優が演じるが、膨大な資料から再構成したほぼ事実に基づく物語である。
 チェルノブイリ原発事故は、1986年に当時ソ連邦の一部であった、現ウクライナのプリピャチで発生したそれまで人類が経験したことがなかった大災害だ。実験中に4号機の炉心が爆発し、放射性物質が広範囲に飛散し、スウェーデンの空気中でもそれは検出されたためにソ連はやむなく事故を認めることとなる。
 ドラマは、事故から2年後に自宅軟禁状態の科学者、ヴァレリー・レガソフが自らの体験した全てを録音として残し、自殺するという衝撃的な場面からスタートし、さかのぼって事故の発生時から綿密に幾つかの視点で描かれてゆく。
 事故現場に呼ばれた消防士イグナテンコと彼を心配する若妻、リュドミラ。発電所内では、現場担当の副技師長ディアトロフが、他の技師の報告を無視して「爆発したのは非常用タンク」だと言い張り続けていた。
 そのころクルチェトフ原子力研究所の第一副署長ヴァレリー・レガソフ博士は電話でRBMK原子炉の専門家として政府委員会に出るように要請される。エネルギー担当者のシチェルビナからは、専門家として聞かれたことに答えるだけで、余計なことは喋るなと念を押されが、ゴルバチョフも出席する政府委員会で、レガソフは提出された楽観的な虚偽報告に対して、グラファイト(黒鉛)が散乱している以上炉心が爆発している証拠だと言い放つ。
 ゴルバチョフは、苛立ちながらもレガソフににシチェルビナとともに、現地の調査を命じた。これがのちのチェルノブイリと世界の運命を決めた決断となったのだ。
 現実の惨事はさすがにすごく、パニックドラマとしての見せ場も連続している。
 何も知らされずに、最初に現場向かった消防士たちの恐ろしい消火現場と、その後の搬送された病院での隔離。(ちなみに、秘密裏にモスクワに移送されてしまった夫を追って、モスクワまで乗り込む若妻リュドミラのストーリーは、ノーベル文学賞を受賞したヴェトラーナ・アレクシエーヴィッチの『チェルノブイリの祈り』のなかの証言のをもとにしたものだろう。)ヘルコプターでのホウ素とケイ素による消火場面。
 独自の計算のもとに現場に駆けつけた白ロシア原子力研究所のウラナ・ホミュック博士の指摘で、地下タンクの水を抜くために技師3人が炉心直下まで仕切弁の開けに向かう場面は、特に常に鳴り響くガイガー・カウンターの音と途中で消えそうになる懐中電灯の効果が恐ろしさを倍増させる。(ちなみに、登場人物のうちホミュックだけは創作された人物で、レガソフを助けた複数の学者仲間を象徴する人物らしい。)

 それでも危機は去らない。爆発した原子炉のメルトダウンが始まったことを知ったレガノフとシチェルビナは、400人の炭鉱夫を招集して原子炉の地下までトンネルを掘り、炉心の下に熱交換装置を配置する計画を立てる。これがまた壮絶な作業だ!30万人を強制避難させた、2,600平方キロメートルもの除染や、捨てられたペットたちの駆除シーンも壮絶だ。
 しかし、それでもこのドラマの核心は危機に立ち向かう人間たちの勇敢さではない。ドラマの最初の一言にある通り人々の「ウソの代償」と真実を追求することこそが存在意義である「科学者」の本質についての物語である。
 レガゾフは、彼の代わりに原発事故の原因を究明するために入院している技術者に聞き取りをして、KGBに拘束されたホミュックとこんな言葉を交わす。
「辞めたい。だが無理だ。私にも君にも選択の余地はない。権力者の愚かさやウソや圧力に辟易するのに、逃げられない。この難問の答えを見つけるまではね。それが我々という存在だ」
「すなわち変人ね」
「科学者だ・・」
 人類史上最悪の惨事を招いた、ソ連邦は権力者が現実を見ようとしない硬直した官僚国家であったが、少なくとも本物の科学者が何人かはいたのだ。
 原発3基が爆発し、規模としてはチェルノブイリを凌ぐ放射性物質を放出している、福島の原発事故では、現場作業員はソ連邦よりはマシだったかもしれないが、東京電力の上層部や官僚の無責任さはソ連を凌ぐほど浅はかで、その責任を今もって認めようとしていない。
 なにより恐ろしいのは、日本では原子力の専門家として博士号を持つ多くの学者が原子力産業から多額の経済的な寄与を受けている御用学者であること。医学博士ではるが「放射能は笑っている人には来ない」というキチガイ発言で有名な某学者は、福島県立医大の副学長でもあり、福島の子供たちの甲状腺ガンの検査結果はこの人物の指示で、患者の親にも知らされないとか・・。日本では、科学者がソ連邦の官僚の代行をしているらしい。

 レガソフを演じたのは、英国人俳優ジャレッド・ハリス。さすがロイヤル・シェイクスピア・カンパニー出身の名優。じつに素晴らしいリアリティだ。アマゾンのオリジナルドラマ「カーニバル・ロウ」では、イギリスに似たバーグ王国の宰相ブレイクスピアを演じていたが同じ人間にはまったく見えない。
 官僚ではあるが、危機的状態を理解して気骨のある態度を見せるシチェルビナはスウェーデンの名優ステラン・スカルスガルドが’演じる。「刑事リバー」や「ファイティング・ダディ 怒りの除雪車」など頑固者もやらせたらピカイチなのは言うまでもない。女性学者のウラナ・ホミュック役は、こちらもロイヤル・シャークスピア出身のエミリー・ワトソンが。「奇跡の海」「アンジェラの灰」でしられる映画女優だが、「アップル・ツリー・ヤード 裏通りの情事」などの主演も記憶に新しい。
 驚くのは、これだけのドラマのクリエイター(脚本)と監督がともにさほど知られていない人物であること。
 クリエイター(企画、制作、脚本)のクレイグ・メイジンの手腕は、(失礼ながら)せいぜい「最’新’絶叫計画」や「ハングオーバー!」シリーズの脚本家として知られていた人物のものとは思えない。2014年ごろかからリサーチを始め5年かかって膨大な資料からドラマを構成したというだけあって、本人もこの作品にかけていたのが伝わってくる。
 全話を監督したスウェーデン人監督のヨハン・レンクの方もドラマでは、ヴィンス・ギリガンに抜擢され「ブレイキング・バッド」で3話を、「ウォーキング・デッド」を1話ディレクトした程度しか実績はなく、この作品が代表作。(ただし、元はミュージシャンで、PVの世界ではすでに巨匠らしい。)
 2人は、チェルノブイリと同型であったリトアニアの閉鎖された原発をロケ地に選び、驚くほど精緻に歴史的出来事を再現して見せた。世界が驚嘆し、2人そろってエミー賞を受賞したのもうなづける。
 しかし、世界の視聴者が賞賛を送る中でも、日本の視聴者だけは「かつて共産圏で起こった」出来事を昔のこととして楽しむわけにはいかないだろう。これは、まさに日本ではまだ進行中の物語でしかないからだ。
 レガソフは、手記でこう締めくくる。「チェルノブイリは教えてくれた。かつて真実の代償を恐れた私は問う。ウソの代償は?と」
 避難時に一時的なものと説明されたチェルノブイリの避難民は、現在もなお戻ることを許されてはいない。
 逆に、福島はチェルノブイリ基準の20倍もの空間線量で「避難指示解除準備区域」と称され、その地域からの避難民に対して、政府は保障の打ち切りや公共住宅からの追い出しなどあらゆる手段で、汚染地区に追い返そうと躍起になっている。「アンダーコントロール」と世界に向かって大見栄を切った首相の「大嘘」をなんとか取り繕うという忖度の連鎖なのだろうが、この「ウソの代償」は?
 間違いなく、とてつもなく大きなものになるはずだ。

by 寅松