ハロルドが笑う その日まで

店を潰された真面目すぎるノルウェー人と、絶対反省しないIKEAのどケチ経営者。微妙な二人の関係が面白い!

Her er Harold
2014年 ノルウェー カラー 88分 Mer Film Amazon Primeで視聴可能
監督・脚本:グンナル・ヴィケネ 原案:フローデ・グリッテン
出演:ピヨルン・スンクェスト、ピヨルン・グラナート、ファンニ・ケッテル、グレテ・セリウス、ヴィダル・マグヌッセン

 ノルウェー発のオフビート・コメディ映画なのだが、日本ではやたらに「ほっこり」だの「ほのぼの」だの形容詞で説明されている。どうやら、ノルウェーものというと、日本人は自動的に(本当はフィンランド人が書いた)ムーミンの世界が頭にちらついて、これは「ほっこり」に違いないと先入観を抱くのかもしれない。
 たしかに、この映画は同じノルウェーの映画でも、リーアム・ニーソンでリメイクされた「ファイティング・ダディ 怒りの除雪車」のように、やたらに人を殺したりするわけではないが、それでも前半は十分怒りに満ちた内容だ。
 主人公のハロルドは、ノルウェーのベルゲン、オサネという地域で長年良質にこだわった家具店を営んできた。しかし、ある日巨大なIKEAが自分の店の隣に出店し、半年後に店をたたむ羽目になる。(現実に、いまオサネには巨大なIKEAがある。)閉店までの半年間に、妻のマルニィはショックのためかアルツハイマーが進行し、施設に入れようとするが「施設に入れたら死んでやる!」と言い残して、心臓発作で急死する。
 店も、40年連れ添った妻も、プライドも全て失ったハロルドは、長いこと会っていない反りの合わない息子、ヤンに電話するが、何も言えず、「クリスマスを楽しく過ごせ」とだけ言い残して、自殺の決意をする。店に残っていた家具用の発火性の艶出し薬を店と自分にまいてマッチで火をつけるのだが、スプリンクラーが作動して自分は水浸しで死ねない。
 結局、ボロ車でオスロに向かい、息子に会いに出かけるが、その息子ヤンは酒浸りでタブロイド記者の仕事もクビになり、さらには妻子にも愛想をつかされてさえない状態。ハロルドは、息子に笑われながらも、「(IKEAの経営者)カンプラードを誘拐する!」と宣言して、息子の家にあったコルトを持って車でスウェーデンに向かうのだ。
 死ぬ前の妻のボケっぷりも凄まじいし、おとなしい老人のハロルドが誰もいない場所でつく悪態もなかなかいい。そもそもノルウェー人というのは非常にシャイで寡黙らしく、切れた時の爆発ぶりはすごく日本人にも笑える。
 しかし、ハロルドが誘拐するカンプラードについては、少しばかり事前に知識がないと日本人にはわかりにくいかもしれない。
 一時期は世界4位の大金持ちで、とにかくかなり変わった人物であるカンプラード。北欧ではその人物像は知れ渡っているので、映画のストーリー自体がそれを前提にしている。
 ハロルドが向かったエルムルトは、IKEA創業の地で、田舎町なのにIKEAの店舗だけでなく、IKEA博物館とかホテルとかがやたらにある。カンプラードはスイスに豪邸を持ちそこで暮らしていたが、実際にも最後にはここの近くの生家にもどって暮らし、2018年に91歳で亡くなっているのだ。
 カンプラードは、5歳でマッチ売りから始めた生きる伝説のような人物だが、若い頃にはナチを支持してファシスト団体に所属していたこともある。この件はのちに公式に謝罪しているが、その後もファシスト指導者を支持したりして批判されている。個人資産は5兆円にも上るらしいが、表向きはおかしなほど「どケチ」で、「質素倹約」は社員全員に押し付ける旗印。映画では雪で立ち往生するボロ「サーブ」になっていたが、愛車がずっと使い続けている古いボルボなのも有名な話らしい。(ただしこれは、彼が作ったイメージで実はポルシェに乗っていたとか)
 ハロルドが途中で知り合った不良少女に騙されて、どう見ても質素な普通の家をカンプラードの屋敷だと思って侵入するエピソードや、どう考えても出会えなそうなカンプラードがたまたま車が止まって立ち往生している話は、このような前提がないとおとぎ話にしか思えない。
 誘拐されても、カンプラードの変わり者ぶりは爆発。ハロルドの戦略が悪いと命令しようとしたり、「自分が(IKEAで)売ってきた家具はクズだと」声明文を読み上げるように脅されても、「うちの家具はすぐ壊れるが、その頃には新しいものが出るんだからいいんだ」と自説を曲げない。腹が減ったのでミートボール(IKEAで冷凍で販売している)を買ってこいと勝手なことを言ったたあげく、逃げ出したりする。
 (それが、本当かどうかは別にして)まさにカンプラードのイメージそのものである。IKEAがこの映画の撮影を許可した件について、さすがに「大企業の寛大さ」と賞賛している記事もあったが、逆にこの内容なら口出しはしにくいだろう。圧力をかけて、カンプラードのファシスト支持の問題を持ち出されたりしたらIKEAも薮蛇というものだ。
 逆に、このノルウェーという小国の映画は、うまくカンプラードの人物像とIKEAの名前を利用したなあと感心させられる。ノルウェーとスウェーデンというのは、言葉も難なく通じるし、経済的には強く結びついていて一つの経済圏だ。しかし、人口が違うのでスウェーデン映画は、ノルウェーのことを気にしなくても成り立つが、ノルウェー映画は、自国の話だけではきびいしいだろう。ヒットのためにも、うまくスウェーデンと引っ掛けて両国でのひつとにつなげる必要があるのではないかと思う。
 この映画は、自国とスウェーデンの他は、ドイツと日本(2016)でだけ公開された。現在は、めでたくAmazon Prime、U-Nextなどで視聴できる。

 ハロルドの誘拐劇は、劇的な結末を迎えることはなかったが、途中で拾った16歳の少女エバと、現在はアル中のヤリマンだが、元は新体操の選手だった彼女の母親ジャネットとのささやかな交流は、心温まるものだったようだ。
 ただ最後にハロルドは笑うんだけど、あれは単なる作り笑いだから、このタイトルはどうなんだろう!?

by 寅松