海外ドラマ

グッド・オーメンズ

愚かなる人類の歴史を一巡り!天使と悪魔の凸凹コンビはアルマゲドンを止めるのか?

Good Omens
2019年 イギリス/アメリカ カラーHD 51~58分 全6話 BBC/Amazon Studio Amazon Primeで配信
クリエイター:ニール・ゲイマン 監督:ダグラス・マッキノン 原作:テリー・プラチェット、ニール・ゲイマン
出演:デイヴィッド・テナント、マイケル・シーン、マイケル・マッキーン、サム・テイラー・バック、アドリア・アルホナ、ジャック・ホワイトホール、ミランダ・リチャードソン、ジョン・ハム、ベネディクト・カンバーバッチ(カメオ・声のみ)ほか

 天使と悪魔が関わる壮大な人類の歴史をコンパクトにまとめたオープニングのコラージュ・アニメーションがまず秀逸だ。もちろん、そのスタイル自体はモンティパイソン=テリー・ギリアムを連想せずにはおれないだろう。実際、テリー・ギリアムは当然のように監督候補であったようだ。このドラマがどんなセンスに基づいて制作されたかは、秀逸なオープニングタイトルを見ればわかる。

Opening Title

 しかし、このオープニングを見ただけでは、何の話だか??という物語だ。簡単に言うと6000年前から地上に遣わされてきた天使アジラフェルと悪魔のクロウリーが、神の計画であるアルマゲドンを阻止しようとする話である・・・なんて言われたら、ますますわかるわけがない。どう考えてもつまらなそうだ!しかし、なんとこのヘンテコな話が歴史上のひねくれたエピソードが満載で黒いユーモアに溢れた傑作アレゴリー・ファンタジーなのだからややこしい。
 タイトルは原題どおりの「グッド・オーメンズ」。あまり解説されていないが、ストーリーの一部は1976年の映画「オーメン」(およびそのシリーズ)のパロディである。そもそも<The Omen>というのは「予兆」「しるし」という意味で、悪魔の子供を指しているわけではない。元の映画では、ローマで妻が出産したアメリカの外交官が、死産だったと知って、妻に知らせぬまま同刻に出生した孤児を引き取り自分の子供として育てる。子供が成長するにつれ「その子供は悪魔の子供だ」と忠告する神父が現れ、さらにさまざまな災難が降りかかるといういうもの。有名な「666」の痣は、悪魔の子供であることを示す「しるし」という意味である。映画では最後に両親が死んだ悪魔の子ダミアンは、大統領に引き取られほくそ笑む。世界滅亡の暗示である。

「グッド・オーメンズ」はホラーではないので、人間の側から描かれはしない。サタンは最終戦争アルマゲドンを起こすための、反キリストの中心となる自分の子供を人間世界へ送る。計画は、イギリスに立ち寄ったアメリカの外交官の妻が産気づいた時、近くの悪魔崇拝の修道女たちが運営する産院へ誘動し、そこで子供をすりかえるというものだ。しかし、この計画は手際の悪い修道女たちの失敗で思わぬ結果を招く。同じ日に産気づいて入院してきた、地元のヤング夫妻の子供と外交官の子供がすり変わり、悪魔の子供はこの夫妻の子供、アダムになってしまうのだ。
 地獄はもちろんのこと、実は天国もアルマゲドンは地獄の戦いに決着をつける神の計画の一部であると考えているために、その実行を求めている。しかし、現場の担当者である、悪魔のクロウリーと天使のアジラフェルは全く乗り気ではない。この悪魔と天使は、エデンの園があった6000年前から地上に赴任しており、長年この地で楽しく暮らすうちにすっかり意気投合し、(表向きはなかなか認めないながら)親友になってしまっているのだ。この辺の関係性は、冷戦時代にどこかの国に長期潜入している両陣営のスパイたちのような関係だ。天国も地獄も実は戦争には大変乗り気なのだが、現場を知っている担当者たちは、それがとんでもない事態をもたらすと心配している。まさにスパイ的である。
 間違いには誰も気づかないまま11年が過ぎ、少年の覚醒と共に、黙示録の四騎士があつまってアルマゲドン始まることになるのだが、どこにその反キリストいるのかがわからない。地獄から放たれた、ヘルハウンド(黒妖犬/ブラックドッグ)は外交官の子供ではなく反キリストの少年を探しあて、ヤング家のアダムのももとへたどり着くが、少年が「ドッグ」と名付けて可愛がると、ただの子犬になってしまう。
 この少年を巡って、登場人物が入り乱れる。まず17世紀に火あぶりにされた真の預言者、アグネス・ナッターの子孫はアメリカ人の美女(アナセマ)だが、予言書にあった反キリストを探すためにイギリスの片田舎に現れる。一方ナッターを火あぶりにした、パルシファー少佐の子孫であるニュートンは、呪いのためPCエンジニアになろうとしても全ての機械を必ず壊してしまうので途方にくれている。彼が街で出会った怪しい老人は、魔女狩り軍の後継者を名乗るシャドウェル軍曹。現実には、降霊術師と個人SMプレイで稼いでいるマダム・トレーシーのアパートメントに居候しているおかしな男だが、ニュートンはこの男から魔女狩り軍の二等兵に任命される。
 話の筋はアルマゲドンに向かって複雑に入り組むが、ともかく細部に至るまで考え抜かれた設定や、皮肉、ビジュアルがすばらしい。
 悪魔であるクロウリーは、設計時に自分が(人類妨害のために)細工した悪名高いロンドン環状道路M25の渋滞で動けなくなる。
 第二次世界対戦時には、ヒットラーの熱望で予言書を収集することになるアジラフェルだが、ドイツのスパイ達にいくら金を積まれてもアクグネス・ナッターの予言書だけは見つからないと報告する。今わかるのは版元のカタログにあった予言が一つだけです。1972年に関する予言です・・。「ベータマックスは買うべからず!」
 反キリストであるヤング家のアダムは、近所に越してきたアナセマの感化で人類の自然破壊を危惧するようになり、悪魔の力が芽生えてくると、原子力発電をレモンドロップ発電に変えてしまったり、「クジラを救うべきだ!」と唱えて、海の海獣クラーケンを召喚し、調査捕鯨という名目でクジラを捕り続ける日本の捕鯨船を破壊したりする。(このときの捕鯨船の船員も、ちゃんと日本語を喋っている)
 10代目「ドクター・フー」<Doctor Who>として人気が沸騰したデイヴィッド・テナントが演じる悪魔のクロウリーは、ちょっとくたびれたパンクロッカーのような風貌。作者のゲイマン自身や、かれの代表作「サンドマン」の主役ドリームを思い出させる。彼が乗っている黒いアンティークカーは、なぜか走るときに必ずBGMとしてクィーンがかることになっているらしく、アジラフェルを心配して駆けつけときには、ちゃんと「マイ・ベスト・フレンド」がかかっている!
 ケイト・ベッキンセイルの元夫で、「アンダーワールド」や「パッセンジャー」「マスターズ・オブ・セックス」などに出演しているマイケル・シーンが演じる天使アジラフェルは、表向きの職業通り、ゲイの古書店店主といった雰囲気だ。実はテナントもシーンも舞台俳優としてのキャリが豊富で、二人の掛け合いはまるで演劇のようでもある。
 黙示録の騎士たちは、Amazonの配達人のような男から指示を受け取ってそれぞれに馳せ参じるが、全員バイカーファッション。怪しげな魔女狩り軍のシャドウェル軍曹を演じるのは、「スパイナル・タップ」「ベター・コール・ソウル」などの名優マイケル・マッキーン。さらにシャドウェルにゾンっこんで、売女呼ばわりされても絶対離れないマダム・トレーシーを演じているのは、(ルパート・エヴェレットの代表作として知られる)「ダンス・ウィズ・ア・ストレンジャー」のミランダ・リチャードソンである。
 ここまで細かい文学的/歴史学的/宗教学的要素を詰め込んだ原作を、その雰囲気のまま映像化した功労者は、自ら脚本家も務めた作者のニール・ゲイマンその人であろう。ゲイマンは、ライター、ジャーナリストとしてスタート。グラフィック・ノベルの原作者として成功し、いまではヒューゴー賞、ネビュラ賞、ブラム・ストーカー賞と多数の文学賞を受賞する、SF/ファンタジー作家である。特に近年は、「アメリカン・ゴッズ」「スターダスト」「コララインとボタンの魔女 3D」「パーティーで女の子に話かけるには」など作品が次々映像化されている。イギリス生まれだが、両親はユダヤ系で、なおかつカルト宗教サイエントロジー(*1)の熱心な信者という特殊な家庭で育った。
「グッド・オーメンズ」は、ファンタジー作家であるテリー・プラチェットとの共作で、ゲイマンの小説家としてのデビュー作である。2人は、この作品を一度BBCのラジオドラマにしたことがあるが、特にプラチェットはこの作品の映像化に熱心だったようだ。
「僕は人生の中の18カ月をTVシリーズの制作に費やそうとは考えもしなかった。むしろ小説を書いていたかった。そうしたらもっと大金を稼げていただろう」
 インタビューでもそう語っているように、ゲイマンの方はそこまでのめり込むつもりはなかったようである。
 しかし、他の仕事に集中していたゲイマンの元に、プラチェットから1枚の手紙が届く。その手紙には、「(映像化を)君にやってもらいたいんだ。なぜなら、君は私と同じように、グッド・オーメンズへの情熱と理解がある唯一の人間だからだ。そして、私はそれを死ぬ前に見てみたい・・」
 ゲイマンはそれを承諾した。何しろこの後、(アルツハイマーを患っていた)プラチェットは亡くなったので、これは最後の願いになってしまったのだ。しかも、プラチェットが、ゲイマンに何かを頼んだのは、35年に登る付き合いで初めてのことだった。
 しかし、ゲイマン自身も途中で実現は不可能ではないかと思うほど、このドラマの制作は大変だったらしい。
 膨大な人間が関わったらしく、ドラマのラストには長い長いクレジットが連なるが、クイーンへの謝辞とともに、その最後の最後に一言「テリーに捧げる」とクレジットされている。


*1 日本では大久保に本部ビルがある。トム・クルーズ、ジョン・トラボルタで有名だが、もともとSF作家ロン・ハバートが金儲けのために考えたエセ宗教で、信者になるとe-メーターという自分の心の状態を示してくれるヘンテコ機械を高額で買わされることがある。

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by 寅松