ローリング・サンダー・レヴュー:マーティン・スコセッシが描くボブ・ディラン伝説

美女をナンパし、ツアーバスのハンドルを握る。素顔のボブ・ディラン……これも伝説!?

Rolling Thunder Revue: A Bob Dylan Story by Martin Scorsese
2019年 アメリカ カラー 142分 Netflixで配信
監督:マーティン・スコセッシ
出演:ボブ・ディラン、アレン・ギンズバーグ、パティ・スミス、スカーレット・リヴェラ、ジョーン・バエズ、ロジャー・マッギン、サム・シェパード、ジョニ・ミッチェル、シャロン・ストーン、ルービン・”ハリケーン”・カーター ほか

「ローリング・サンダー・レヴューなんて覚えてない。生まれる前に起きたことだ」
 ノーベル賞受賞でもメディアに出てこなかったボブ・ディランがインタビューに答えて言い放つ。かっこいいなあ。昔からディランと言えば、ぶっきらぼう、神さま、天才、孤高の人……よく知らないけど、とにかく神格化された存在だった。おかげで、このドキュメンタリーの邦題も「ボブ・ディラン伝説」だ。 

 1975年から76年にかけて行われた「ローリング・サンダー・レヴュー」はディランが、(たぶん)適当に声をかけた音楽仲間たちを集めて行った小規模なコンサート・ツアーで、アメリカ建国200周年にあわせつつ、そのころ商業化しつつあったロックミュージシャンの音楽ツアーへのアンチテーゼ的なものだったという。ちょうど日本ではクイーンに若者&女子が熱狂していたころだ。ディランだって、直前まではザ・バンドと大きな会場でツアーをしていたようだし、その調子でいけばいろいろ大儲けできたのだろうけど、それに背を向けてどう見たって赤字にしかなりそうにないツアーを始めたのだ。しかも自分でバスを運転して。

 映像作家でショッキング・ブルーの「ヴィーナス」のプロモ映画を撮っていたマーティン・フォン・ヘイゼルバーグが自腹をきって撮影した記録素材を、40年以上経ってから初めて作品にまとめたのがマーティン・スコセッシ。まあ、『ウッドストック』の編集マンだから、お手の物なのだろうが、とにかくコンサートどころか〝ツアー〟なんだから膨大なフィルム素材があったに違いない。デジタル化してコンピューターで編集できる今の時代にしかできない作業かもしれない。ヘイゼルバーグがインタビューに答えて「使うのは君だけど、撮ったのは俺だ」と主張しているが、なんといってもその場で撮った人がいたのが偉いのは間違いない。スコセッシの名前がないと予算も出ないだろうことは重々承知の介なんだろうが、文句を言いたくなるのもわかる。まあ、とにかくまとまってよかった。

 タイトルはやたらに長いが、本編のクレジットはさらにもう少し長い。「CONJURING THE ROLLING THUNDER RE-VUE A BOB DYLAN STORY BY MARTIN SCORSESE」、字幕で
〝「ローリング・サンダー・レヴュー」を呼び起こす ボブ・ディラン・ストーリー マーティン・スコセッシ作〟と出る。
 つまり「ボブ・ディラン・ストーリー」なのだ。そして、ここには(かなり真実に近いと思われる)素顔のボブ・ディランがいる。

ディラン「ジャグバンド的なものをしたかった」
ギンズバーグ「ペテン師的なアイディア。巡回のインチキ薬剤師のメディシン・ショーさ」
 ツアーのアイディアは、ディランと詩人のアレン・ギンズバーグのアイディアらしい。イタリアの仮面即興劇(コメディア・デラルテ)もヒントにしたとも言ってるが。
「メディシン・ショー」というのは、開拓時代の西部でインチキ薬を売っていた大道芸ペテン師みたいなもので、タランティーノの『ジャンゴ/繋がれざる者』やコーエン兄弟の『バスターのバラード』にも出てきた。
 ツアーの名称は、ディランが夜中に雷を聴いたのがヒントらしいが、後になって先住民の言葉で「ローリング・サンダー」は「真実を語る」の意味があり、ベトナム戦争でアメリカ軍がカンボジア爆撃に使ったコードネームだともわかってバンド名は「グアム」(ローリング・サンダー作戦の基地だった)になったそうな。そういうもんだ。アメリカはちょうど建国200年を迎えるころで、ディランも国民もアメリカ全体が、何かを期待していた。

 メディシン・ショーに集まったのは、ジョーン・バエズ、ロジャー・マッギン、ボブ・ニューワース、キンキー・フリードマン、Tボーン・バーネット、ジャック・エリオット、そしてなぜかミック・ロンソン(デヴィッド・ボウイのギタリストだ!)。リハーサル段階で登場するパティ・スミスのオタク詩人少女ぶりがすごいのだが、ツアーには参加してない(フォークは嫌いと言い放ったらしい)。ブルース・スプリングスティーンにも声をかけたが断られたとか。デニス・ホッパーはどこかで参加したらしいが、ここでは「ホッパーに電話だ」というセリフが聞こえるだけ。スコセッシも意地悪だな。ちなみに、デニス・ホッパーは『イージー☆ライダー』の主題歌をディランに依頼し、ディランが適当に歌ったのをロジャー・マッギンがまとめたのが「イージー☆ライダーのバラード」。ツアーのどこかで披露されたのだろうか。

 途中で参加する人も多かったようで、特にジョニ・ミッチェルがフィーチャーされている。アルバム「コート・アンド・スパーク」が大ヒットしたばかりなのにローリング・サンダーに参加してツアーのために曲を作った。それが「コヨーテ」でディランやロジャー・マッギンとセッションしてるが、次のアルバム「逃避行(ヘジラ)」の1曲目だ。
 どことなく不安げなジョニは途中で抜けたようだが、ずっと頑張っていたのがジョーン・バエズ(発音はバイエズですな)。ディランそっくりに変装したり、マッギンのバーズの曲で踊ったり大活躍だ。ツアーの言い出しっぺだったギンズバーグは、公演時間がどんどん長くなったので詩の朗読の時間を削られて、最後には雑用係になってたらしい。彼のダンスや歌も聞けるがなかなかいいのに、かわいそうに。

 ディランの歌はかなり気合が入っている、と思う。不愛想すぎる後のライブに比べると、けっこう楽しそうだし表情がいろいろあって面白い。そしてなにより、ツアー・ドキュメンタリーならではの暴露話から、ディランの無節操というか、誰にでも興味を持つ軽いスタンスやフットワークの軽さがわかるのも素晴らしい。アルバム『欲望』でやたら目立っていたバイオリン奏者のスカーレット・リヴェラは、モデルみたいなスレンダー美人で、なんでも道でディランから声をかけられて参加したらしい。

Dylan & Rivera (by Ken Regan)

 当時17歳ぐらいのシャロン・ストーンも公園で声をかけられてサポートメンバーとして衣装のアイロンがけをしたりしていたそうな。ストーンは「KISSのTシャツを着てたの」と笑ってるのだが、ディランはすでにKISSのコンサートにも行っていたという。それがまたスカーレット・リヴェラの当時のボーイフレンドが「KISSのリーダーだった」ってことだが(おそらくジーン・シモンズ?)、どうやらこのツアー中に撮影されていたディラン監督による前衛映画『レナルド&クララ』の白塗りメイクもKISSが元ネタだったらしい。
 ここで〝監督〟スコセッシはすかさず「天井桟敷の人々」の場面を挿入する。いかにも、だなあ。しかし、ディランはそれどころか歌舞伎も意識していたらしく、〝KISSファン〟のシャロンに「カブキの創始者のオクニ知ってるか」とか話しかけて、何も知らないティーンエイジャーのストーンはぎゃふんとなったらしい。
 それにしてもスカーレット・リヴェラは、少女漫画から抜け出したヨーロッパの吟遊詩人のスーパーモデルみたいな雰囲気なのに、ジーン・シモンズとつき合っててバイオリンにはグレイトフルデッドのステッカーが貼ってる。謎の女(その後はソロアルバムを出したりしているが、なかなかプログレッシヴロックしていて面白い。イギリスへ行けばもっと有名になったかもしれないのにねえ)。才能ある美女を次々にナンパするディランの慧眼もまたノーベル賞級のすごさかもしれない。。

 ツアーは、驚いたことにディラン本人がバスのハンドルを握って、75年10月末に出発。ボストンからカナダ、ナイアガラの滝を見学しニューヨークではいきなりCBSレコードの本社に入っていって受付に撮影を止められる(あとで社長が謝ってる)。「ハリケーン」のハリケーン・カーターに会いに行き、インディアン居留地ではアイラ・ヘイズの歌を唄う。アイラ・ヘイズはイーストウッドが作った『父親たちの星条旗』で描かれた、硫黄島に旗を掲げた兵士のひとりとして奉られたインディアン(先住民)兵士だ。

 ラストは「天国の扉」だ。『ビリー・ザ・キッド/21才の生涯 』のために作られた曲だが、ディランはこのサム・ペキンパー映画に出て、かなり影響を受けたんじゃないだろうか。ハリウッド映画とはいえメキシコでかなり雑多なスタッフが集まって作られたニューシネマ+マカロニ・ウエスタンみたいな状態だった。セルジオ・レオーネ映画に出ていたジェームズ・コバーン、ジェイソン・ロバーズ、ジャック・イーラムがいて歌手のクリス・クリストファーソンもいた。ハリー・ディーン・スタントンは『レナルド&クララ』にも出ている。そして、このツアーからも、のちに『ザ・ハリケーン』(99年)や『父親たちの星条旗』(06年)も生まれた(と言えなくもない)。

 「興行としては失敗。冒険としては成功した」とか言いながら、ディランは最後に再び否定的なコメントでしめくくる。
「ツアーで残ったものは何もない。ひとつもない。灰だけだ」
 かっこいい! さすがだ。
 とにかく、四の五の言わずに行動に移すこと。自分がやれることをコツコツやり続けること。できれば楽しみながら。と、なにやらいろいろ大事なことをディランから教えてもらっているような気がする。監督のスコセッシもそうだったようで、エンディングには「ローリング・サンダー・レビュー」の全日程に続いて、その後ディランが行ったコンサートの現在までの〝全〟スケジュールが出てくる。すごい数だ(このローリング・サンダーの次が、1年休んだ後の78年日本・武道館公演になるようだ)。70代になって、ノーベル賞までもらってもギター抱えて歌い続けているのだ。すごいよなあ、まったく。

 とにかく、ディランの歌を歌詞付きで見て聞けるだけでも幸せなんだが、担当者は残念ながらあまりアメリカ文化に詳しい人ではないようで困ってしまう字幕がいくつか出てくる。
 ジャック・ケルアックの墓の前でディランとギンズバーグが語る中で「ネズミと人」なる本が出てきてビックリ。それをいうなら「二十日鼠と人間」だろう。スタインベック知らないのかなあ。
 シャロン・ストーンはディランから「君のために書いた曲だ」と言われて「ジャスト・ライク・ア・ウーマン」に感動したらしいが(その10年前の曲なのでディランのジョーク)、字幕は「女の様に」。なんかイメージわかないぞ(当時の日本盤タイトルは「女の如く」らしいけど)。
 そして、ラストの名曲では「ドンドンドンと 天国の扉を叩く」。いや、まちがってるわけじゃないんだけどね。「ドンドンドン」ねえ……。居酒屋じゃないんだから。
 もはや名物でもあるネトフリ字幕、「ブルース→ブルーズ」のピーター・バラカン監修までこだわらなくてもいいけど、誰か監修者をつけるべきだと思うよ。まったく。

by 無用ノ介