オンランシネマ

アメリカン・エクスぺリエンス マッシー事件

金持で名士の白人は減刑87600分の1!ハワイで起きた不公平裁判は沖縄に通じる?

American Experience: The Island Murder<TV>
(from PBS American Experience Season 30)
2018年 アメリカ カラー 52分 BPS/Netflixで配信
監督:マーク・ズヴォニッツァー、マイケル・チン

 1931年、太平洋戦争勃発10年前にハワイ・ホノルルで起きた事件を詳細に追ったドキュメンタリーで、アメリカPBSで30年も続いている番組「アメリカン・エクスぺリエンス」の一篇。本当に1930年頃のハワイの実写風景なのかは定かではないものの、あまり見たことのない映像が楽しめる。白人にサーフィンを教えたりさまざまな〝娯楽〟を提供する本物の「ビーチボーイズ」もいる(50年代くらいの映像じゃないかとは思うけど)。そして、すでにアメリカの一部であったハワイにすら、どこか現在の「沖縄」を思わせるような理不尽で人種差別的な仕打ちがなされていたことに、少々戦慄せざるを得ない。

 ハワイは、1898年にアメリカに併合されて後、「ハオレ」と呼ばれる白人支配者層が牛耳っていた。そして、太平洋地域で日本軍の勢力が顕著になるとともに、海軍戦力は増強され、ハワイに駐留するアメリカ兵が日に日に増えていた。そんなある日、海軍のパーティに出席していた海軍兵トマス・マッシーの妻タリア(20歳)が、暴言を吐いた将校を平手討ちにしてひとりで出て行ってしまう。そして、深夜2時に帰宅した彼女は、5,6人に集団レイプされたと訴えた。証言はあいまいで、証拠もなかった。タリアは酒癖が悪く、夫とも不仲、精神病の疑いもあった。彼女の後をハオレがついて歩いていたという証言や、現場に泥酔した海軍兵がいた事実などは無視された。しかし、同じ夜に酔った地元民が車に乗っていたという証言が出て、5人の若者が逮捕される。2人は日系(イダさんとタカイさん)、1人は中国系、2人はハワイ系の青年たちだった。検察、海軍、マスコミは5人を野蛮な強姦魔としてつるし上げようとするが、地元警察は冷静に捜査を続け、結局5人は証拠不十分で無罪となる。ところが……。

 ここからが面白いところで、なんと、このドラッグ中毒だったころのドリュー・バリモアみたいな顔の20歳の(自称)被害者は、あの電話発明王グラハム・ベルの一族だったのだ。ハワイに乗り込んできたベルの姪にあたるタリアの母グレースは、タリアの夫トマスたちと容疑者のひとり(ハワイ系のカハハワイさん)を誘拐し、無理やり犯行を自供させようとするが、はずみで射殺してしまう。そして死体を捨てるために車で移動中にあっさり逮捕されたのだ。今度は、アメリカを代表する名士の姪の殺人裁判が全米の注目を集めることになる。それどころか、人種問題を含んだ〝復讐〟事件としてマスコミは飛びついた。ベル一族は、弁護士にクラレンス・ダロウを3万ドルで雇う(よくわからないが、今なら億単位の報酬だろう)。
 ダロウは、スペンサー・トレイシー主演の『風の遺産』(60年)で描かれたモンキー裁判(南部で進化論を教えるのは違法として教師が訴えられた事件)や、ヒッチコックの『ロープ』(48年)のモデルになった事件を担当した当時アメリカで一番有名な弁護士だ。さらに『市民ケーン』のモデルでもある新聞王ハーストは派手な紙面でグレースを支援し、人種差別主義者の海軍長官スターリングはマッシー夫妻やグレースを海軍で保護した。ハワイ人たちが騒ぎ始めると、海軍は戒厳令を発したほどだった。
 
 それでも、ハワイの検事と陪審員たちは、ダロウの百戦錬磨の弁舌、あらゆる雑音・圧力に屈せず、公正な結論を導き出す(法廷で精神状態が疑われる行動を起こしたタリアに問題があったようでもあるが)。過失致死で有罪・懲役10年! 正義はなされた! とハワイの人々が喜んだのもつかの間、検事や陪審員への嫌がらせや脅迫が殺到、政府筋からの圧力もハワイ州知事にまで及ぶことになる。なんと、知事は、10年の刑期を「1時間」に短縮し、グレースは知事の執務室で1時間お茶を飲んだだけで解放されたのだ! ざっと計算すると、87600分の1の減刑だ! ハワイの人々は激怒したが、あとの祭り。アメリカで白人エスタブリッシュメントには逆らえないのだということを学ぶことになる。
 タリアやグレースは海軍によって本土へ丁重に送り届けられた。マッシー夫妻は離婚、タリアは自殺未遂を繰り返した。グレースはフロリダで優雅な余生を過ごしたそうな。ハワイの人々には何とも嫌な、やりきれない事件・裁判となったようだが、その後の太平洋戦争へと続く軍需景気、戦後の観光業の隆盛で、まあ、なんとなくうやむやになったのだろう。
 
 うーむ。アメリカの海軍がいまだ沖縄でのさばっているのも、こうしたハワイでの経験が生かされているのだろうか。おそらく、そういうことだろう。

by 無用ノ介