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マニアック

キャリー・ジョージ・フクナガは、「強力わかもと」の夢を見るか!?

Maniac  
2018年 アメリカ カラー  26〜47分 全10話 Netflix/Netflixで配信
監督:キャリー・ジョージ・フクナガ
クリエイター:パトリック・サマーヴィル、キャリー・ジョージ・フクナガ
原作:エスパン・レーヴォーフ(Espen PA Lervaag)
出演:エマ・ストーン、ジョナ・ヒル、ジャスティン・セロー、ソノヤ・ミズノ、神田瀧夢、ガブリエル・バーン、サリー・フィールド

 007最新作に抜擢されたNetflixナンバー1監督キャリー・ジョージ・フクナガがオスカー女優エマ・ストーンと組んだSFシリーズということで、けっこう鳴り物入りで配信開始されたが、いまいち評判にはなっていないような……タイトル通り「マニアック」過ぎたのかな?いえいえ、「マニアック」な映画ファンなら十分満足できる、1粒ならぬ1シリーズで、名作・大作・カルト映画まで10本分楽しめるマジでマニアックな映画愛の結晶にして、意外にも昭和レトロなSFラヴストーリーでした。

 オーウェン(ジョナ・ヒル)はニューヨークの裕福な一家の気弱な末っ子だが、統合失調症と診断されたことがある。アニー(エマ・ストーン)は妹を死なせてしまったことを悩み続けている。ふたりは製薬会社ネバーディーン・バイオテックの治験ボランティアに応募し、すべての心的問題を解決する新薬の実験に参加する。新薬を摂取した被験者はGRTAという人工知能に接続されていて、さまざまな幻想体験をすることによって最終的にトラウマや問題点を解決するという。が、実験の過程で治験を指導していたムラモト博士(神田瀧夢)が急死し、ジェームズ・マントルレイ博士(ジャスティン・セロー)が呼び戻される。さらにGRTAにも問題が発生し、GRTAのモデルとなった有名セラピストにしてジェームズの母親であるグレタ(サリー・フィールド)に協力を仰ぐことに……。

 いかにも難解そうだし、未来なのか過去なのかもよくわからず(皆がタバコを吸いまくり携帯電話が存在しないが、博士は1977年生まれとか言ってる)、そもそもここではないどこか別の世界のような設定になっているため頭が混乱してくる。そういう物が好きな人にはともかく、ごく普通に物語を楽しみたい人には意味不明な産物だろう。じゃあ、治験者2人や科学者母子の問題、さらに若い研究者同士の愛の行方などを気にする? いや、正直そんなことはどうでもよろしい。この作品の主眼は2つだ。ひとつは、21世紀のCGIバリバリのグローバルSF映画全盛時代へのアンチテーゼにして1980年代以前のアナログSFへの憧れと愛着だ。そもそも冒頭のクレジットが黒バックに緑のコンピュータ文字で出てくるところなど、まるで『ブレードランナー』だし、タイトルロゴは「IBM」だ。そして薬会社ネバーディーン・バイオテックは日系企業で、壁には巨大な文字で「運命を変えられる」と書かれ、壁の案内文字やアナウンスは日本語、美人科学者アズミ(ソノヤ・ミズノ)もいる。アメリカで活躍する大阪人・神田瀧夢がちゃんと日本人英語や大阪弁でドスをきかせたりするのも楽しい。そこここに登場する「盆栽」もいい小道具になっている。
 まあ、いまどき(21世紀)のSF映画なら、そんなのはすべて中国語&中国人にするだろう。しかし、『ブレードランナー』の世界では日系企業が重要なのだ。あの、デッカードのスピナーがロサンゼルスの空を飛んだ時バックに見えた巨大な「強力わかもと」の広告を日本人なら胃腸薬と理解するが、日本語を知らない人たちは「心の病を治してくれる薬に違いない」と思ったかもしれないのだ。SF的実験ものといえば『アルタード・ステーツ』だし、大型コンピュータ(AI)は『2001年宇宙の旅』、ミニマルな6角形デザインは『アンドロメダ……』、そのほかにも『トロン』『フェイズ IV/戦慄!昆虫パニック』などなど、アナログ時代の名作SFへのオマージュ(およびこっちの勝手な思い込み)は枚挙のいとまがないほどだ。
 もう一つのお楽しみは、普通の映画ファンお待ちかね、エマ・ストーン嬢の七変化アクション娘ぶりだ。なにしろこれは、『ラ・ラ・ランド』でアカデミー主演女優賞をゲットしたエマが初めて主演するテレビシリーズなのだ。治験は3種類の薬を飲むことで進行する。A錠は心理的な問題点=トラウマを表面化させ、B錠は脳内で隠されている記憶を探り出し、そしてC錠でトラウマと対決し精神を正常な問題へ戻す(ということになっている)。A錠によって、エマ演じるアニーはかつて自分のせいで妹を交通事故で死なせてしまったことが分かる。そしてB錠を摂取すると、(なぜかオーウェンが同じ幻想に登場することになるのだが)それぞれエマ主演のなかなか面白い短編映画になっちゃうのだ。

 第4話は、1970年代のロングアイランド、子供が3人いる夫婦がなぜかギャングが経営する毛皮店にキツネザルを取り返しに行くという、まるで『ファーゴ』のテレビシリーズみたいな話が展開する。エマはカールさせた金髪ロングヘアでオールアメリカンな若妻役で、まるで全盛期のゴールディ・ホーンみたいだ。
 第5話は1940年代だろうか、豪邸で行われる妙な霊界術の集いに参加して「失われた『ドン・キホーテ』の第53章」を盗み出すという『泥棒成金』(その前の回で実験室のテレビに映っていた)みたいな雰囲気。もちろんエマはブルーのカクテルドレスで着飾ったヒッチコック好みのブロンド悪女だ。
 その後C錠による「対決」になると少々失速。アニーが妹と共に耳が尖ったエルフになって弓矢を射ちまくるファンタジー・ワールド、オーウェン一家は90年代の『グッドフェローズ』みたいなギャングになっててタランティーノ風血みどろ描写(サブタイトルがわざわざフランス語で「これはドリルじゃないよ」になってる)。オーウェンは鷹になってエルフを助けに行くが、グレタに撃ち落とされるというシュールな展開。
 第9話は、1960年代の冷戦時代。宇宙人と仲良くなったオーウェンが、ちょっとしたドジで宇宙人を殺してしまい地球滅亡の危機に。赤いスーツに網タイツの殺し屋エマが現れて、『マトリックス』か『男たちの挽歌』みたいに銃を撃ちまくってオーウェンを助けるが……コンピューターが反乱を起こすのは『2001年』だし、NATOの会議室は『博士の異常な愛情』みたいだし、ここで登場するマクマーフィなる単語は、『カッコーの巣の上で』でジャック・ニコルソンが演じていた精神病院患者の名前に違いない。

 まあ、スパイク・ジョーンズからウェス・アンダーソンに監督が変わったくらいにしか見えないハッピーすぎる最終話は正直言ってナイーヴすぎるとは思うけど、ま、楽しいからいっか。劇中劇としてギャング物、ファンタジー、スパイアクションからラヴストーリーまで各ジャンルの映画を作れたキャリー・ジョージ・フクナガは、ジェームズ・ボンド映画の監督するいい練習になっただろうか……。個人的にはジョナ・ヒルがダイエットし過ぎみたいで顔色が悪いのが気になったけど(そういう役作りなんだろうけど)。

 ところで、実はこれ、ノルウェーで作られた同名テレビシリーズのリメイクとのこと。Netflixで配信されてる様子もないので見るすべはないが、30分11回のコメディらしい。ちょっと気になる。

by 無用ノ介