オンランシネマ

バスターのバラード

コーエン兄弟によるネトフリ版「西部開拓史」

The Ballad of Buster Scruggs
2018年 アメリカ カラー 133分 Annapurna Pictures / Netflixで配信
監督・脚本:ジョエル・コーエン、イーサン・コーエン 撮影:ブリュノ・デルボネル
出演:ティム・ブレイク・ネルソン、ジェームズ・フランコ、リーアム・ニーソン、ハリー・メリング、トム・ウェイツ、ゾーイ・カザン、ブレンダン・グリーソン、タイン・デイリー

 コーエン兄弟の初ウエスタン『トゥルー・グリット』(2010)が驚くほどオーソドックスな西部劇だったのに驚かされたのは、もう8年も前なのか。思えば、同じ原作をもとに1969年に作られたジョン・ウェイン版『勇気ある追跡』が若いカップルを登場させたり、無理に若者受けを気にしたような少々おかしな“正当派”西部劇だったので、コーエン版の、映画としても、西部劇&サバイバルものとしてもきちんとしたリアルなたたずまいに感心させられた。猫も杓子もマカロニ・ウエスタンやニューシネマに影響されたような西部劇が乱立していた中で異彩を放っていた。さすが、コーエン兄弟というしかないのだが。
 そして、今度は兄弟にとって初のネットフリックス映画だ。「バスターのバラードとアメリカ開拓の物語」なる本が開かれ、読み聞かせるように、それぞれの物語が映画になって飛び出してくるオムニバス映画集になっている。それぞれの原作には、なかなかユニークなイラスト挿絵がついているのだが、それがどんな場面になるのかな、と期待がふくらむ。そして、その期待は見事に果たされる。いや、外されるのだが、面白い。まったく、面白いのなんのって、これは見てみなきゃ絶対にわからない。 
 6つのストーリーは直接なんの関係もないし、登場人物もつながりはない。リーアム・ニーソンがでてくるので、突然(子供を探して)暴れだすのかと思いきや! そんなことはない。ニーソンが出るエピソードなんかは、一番映画館でやるには検閲とか問題ありそうな気もするが、なによりも、何の予備知識もなくこの「おとぎ話」に入っていけるのだから、ネットフリックスはありがたい。事前に広告やチラシ、テレビでの紹介とかで情報が入っていたら台無しだ。そんな側面からも兄弟がネットフリックスを選んだのかもしれない。

 何とも不条理、とまとめてしまってもよいようなお話集なのだが、それでいてけっこう真実をついている部分が多い気がする。それぞれが警句だったり教訓になっているようにも取れるのだ。
 第1話「バスターのバラード」は、「踊れるものも久しからず」あるいは「天使だってドジを踏む」だろうか。短足なのに歌って踊るカウボーイをティム・ブレイク・ネルソンがアメリカ版エノケンみたいに演じている。シュールなエンディングはコーエン兄弟らしくてうれしくなる。
 第2話「アルゴドネス付近」は、『荒野の用心棒』『ウエスタン』『続・夕陽のガンマン』『ミスター・ノーボディ』などセルジオ・レオーネのマカロニ・ウエスタンへのめくばせがすごい抱腹絶倒のピカレスク・ロマン(?)でにやけた強盗ジェームズ・フランコの個性を生かしたきれのいい短編になってる。「西部劇だからって マカロニみたいに うまくはいかない」てか。
 第3話「食事券」 題名は「食いぶち」だろうか。例のリーアム・ニーソンが旅芸人の座長(?)の巻。語り上手だが●●●●のない息子ならぬ「食いぶち」の芸人をあっさりと……。皮肉だが「客を呼ばない芸は捨てられる」という現実を照射する。なんだか「本」や「映画」興行自体への警句にもなっているようにもとれる。それにしても、彼らが負けるのが「計算のできるニワトリ」とは……(笑)。
 第4話「金の谷」 トム・ウェイツが荒野で金鉱を探す老人。「金掘るぞ 負けるなウェイツ ここにあり」
 第5話「早とちりの女」 オレゴン・トレイルを旅する開拓民の娘をエリア・カザンの孫が演じる。「新天地では わからないこと 多すぎる」あるいは「脅かしすぎは 失敗のモト」。
 第6話「遺骸」 最後のエピソード。『ダーティハリー3』でイーストウッドの相棒だったタイン・デイリーが「人間には2種類いる」と言い出すのにびっくり(『続・夕陽のガンマン』で有名なセリフ)したとはいえ、このエピソードは奥が深すぎてかよくわからない。イギリス人、アイルランド人、フランス人、ハンター、そして老婦人が駅馬車で旅をしているだけ。イギリス人とアイルランド人は賞金稼ぎで賞金首の死体を運んでいる。もちろんジョン・フォードの『駅馬車』やタランティーノの『ヘイトフル・エイト』へのめくばせもあるのだろうが、マリオ・バーヴァのゴシックホラーみたいな画面にもジワジワくる……そしてまったくもってオチがわからない。まさか残りの3人も賞金首? そんな単純な話ではなさそうだ。うーん、もっかい観るか!

 というわけで、まんまとコーエン兄弟の罠にはまる。映画で見ると6つのオムニバスで2時間以上は長いのだが、ネットフリックスなら分割してみてもいいし、何度見たっていいのだから。
 映画全盛期に『西部開拓史』というシネラマ西部劇があって原題は「How the West Was Won = いかにして西部は勝ち取られたか」
だった。この『バスターのバラード』は、さしずめ、コーエン兄弟による「How the West Was Fan = いかに西部は楽しかったか」かもしれない。もちろん、「楽しい」かどうかは人によるけど。

by 無用ノ介