オンランシネマ

風の向こうへ

20世紀の映画の魅力をすべて詰め込んだ超刺激的なオーソン・ウェルズ版 “ニューシネマ”

The Other Side Of The Wind
2018年 アメリカ・フランス・イラン カラー 123分 Netflixで配信
監督:オーソン・ウェルズ 音楽:ミシェル・ルグラン
出演:ジョン・ヒューストン、オヤ・コダール、ピーター・ボグダノヴィッチ、スーザン・ストラスバーグ、ノーマン・フォスター、ボブ・ランダム、リリー・パルマー、エドモンド・オブライエン、キャメロン・ミッチェル、ヘンリー・ジャグロム、ポール・マザースキー、ステファーヌ・オードラン、デニス・ホッパー、カーティス・ハリントン、クロード・シャブロル

 21世紀になってこんな刺激的な映画を観られるとは思わなかったというのが正直な感想だ。オーソン・ウェルズの最後の作品……というか、資金不足などの問題で1970年から76年にかけて断続的に撮影されたものの最後まで完成させることができなかった未完成映画が、ネットフリックスのおかげでついに一本の作品『風の向こうへ』にまとめられたのだ(功労者はウェルズの本の著者であり、『風の向こうへ』の出演者にして支援者だったピーター・ボグダノヴィッチと、ボグダノヴィッチの友人で製作スタッフだったフランク・マーシャル。マーシャルはスピルバーグやクリント・イーストウッド作品のプロデューサーとして有名)。
 大物監督J・J・ハナフォード(ジョン・ヒューストン)が交通事故で死ぬ。最後の作品『風の向こうへ』と、死の前日の上映会に集まった取材陣が記録したさまざまな素材が交互に登場し、全体としてピーター・ボグダノヴィッチが演じる監督の助手が(現代に)過去を回想する形になっている。「オーソン・ウェルズが残した詳細なメモ」をもとに再現されたというのだが、はっきりいってややこしい。上映会は度重なるハプニングで中止され、最後はドライブインに場所を移して上映される。上映会の客はスーザン・ストラスバーグのように評論家の役を演じているものもあれば、本人として登場するヘンリー・ジャグロム、ポール・マザースキー、デニス・ホッパー、カーティス・ハリントン、クロード・シャブロルといった(当時の)現役映画監督もいる。
 上映されている肝心の映画は、ウェルズの過去の映画とは100万光年はかけ離れているような「ニューシネマ」だ。男と女、カーセックス、ヘアも丸出し、途中映像が途切れて「SCENE MISSING」「SHOT MISSING」などとテロップが出るのはデニス・ホッパーの怪作『ラストムービー』とそっくりだ。撮影は、時にヌーヴェルヴァーグ(シネマヴェリテ)風、ときにミケランジェロ・アントニオーニのようでいて、影や鏡・ガラスの使い方や編集の切れ味はさすが『上海から来た女』の名匠と思わせる。画面サイズも白黒スタンダード、ビスタサイズ、シネスコと変幻自在。そして、音楽はニューロックあり、クラシックあり、ミシェル・ルグランの軽やかなジャズピアノも冴えている(当時の録音なのだろうか、ちょっと気になる)。
 アナログの映画作りは20世紀でほぼ終わりを告げたのだが、『風の向こうへ』には、『市民ケーン』(1941年!)で全世界の映画人を驚愕させた男が、ほぼ半世紀にわたって生きた「アナログ」映画作りの時代に知った(発明した!)映画(フィルム!)の魅力がすべて詰め込まれているかのようだ。映画監督の死を告げるクラッシュしたポルシェの白黒写真は、まるでジェームズ・ディーンの事故現場のよう。監督の制作担当らしき男を演じるのは1930年代にハリウッドでB級映画を作っていた監督ノーマン・フォスター(日本人探偵「ミスター・モト」シリーズで知られる)、なんの担当だかわからないがクビになりそうだと心配してる男はマカロニ・ウエスタン『ミネソタ無頼』にも出ていたキャメロン・ミッチェル(ウェルズもマカロニ『復讐無頼・狼たちの荒野』に出演した)。そして、ウェルズを思わせる(が、イメージとしてはもう少しタフな)監督ハナフォードを演じるのは、アカデミー賞ノミネート11度(受賞は2つ)のまさにハリウッドの大物であるジョン・ヒューストン(『マルタの鷹』『黄金』『アフリカの女王』)だ。彼が劇中でいうセリフ「映画と友情、それが私のミステリーだ」は、ウェルズの脚本なのか、ヒューストンのアドリブなのか、その意味を含めてまったくの「ミステリー」だ。
 映画史上最高の名作とされる『市民ケーン』の監督が、その後ハリウッドでほとんど無視され、ヨーロッパで俳優として小銭を稼ぎながら映画を作り続けた事実は、映画界にとって恥ずかしい過去だろう。ウェルズが日本のウィスキーのCMに出たり、英語教材の朗読をしていたのも、すべてこの映画を完成させるためだった(と思われるが、まあ、あの巨体を支えるための食事と酒代だったという説もある)。少なくとも、オーソン・ウェルズの研究家や評伝を書いたものは、全員書き直しを命じられたにちがいない。ご苦労様です。
 
P.S.
急いで翻訳しているのだろうが、字幕がひどい。あまり映画のことを知らない人がやっているのでしょうか。「公共の場にいた」は「パブリック・ドメイン」だし、「USO隊」は戦争中の娯楽慰問団のこと、「史上3番目の収益を出した映画にさほど害は成せない」は? おそらく「史上3位の大ヒット映画はけなせない」だろう。「イングリッシュ・アドベンチャー 」でもう一度英語を勉強しなおしてきてほしいものだ。

by 無用ノ介

Long Version