海外ドラマ

アブセンシア〜FBIの疑心〜

女優さん一人が頑張りまくるも、はしにも棒にもかからない脚本と演出に阻まれて、くらい森の向こうに沈み込んだ沈没作!

ABSENTIA
2017年 アメリカ カラーHD/4K 42分 全10話 Sony Pictures/AXN WOWOWで放映 Amazon Prime で視聴可能。
クリエイター:ガイア・ビオロ、マット・シリック 監督:オデッド・ラスキン
出演:スタナ・カティック、パトリック・ヒューシンガー、カーラ・テオボルド、パトリック・マコーリー、ニール・ジャクソンほか

 一言でいうと、スタナ・カティックの独り相撲だ。カティックは、カナダ生まれ。エキゾチックな顔立ちからわかるように、クロアチアからカナダに移住してきたセルビア人の両親から生まれたらしい。「ザ・シールド ルール無用の警察バッジ」、「24 -TWENTY FOUR-」(第5シーズン)などにちょい役で出演したのち、2009年から2016年まで8シーズン継続した「キャッスル 〜ミステリー作家は事件がお好き」のケイト・ベケット役でブレイクした。
 本作は「キャッスル」終了後に、自らがエグゼクティブ・プロデューサーに名を連ね、主演するという力の入った作品だ。ドラマのなかで彼女は、水槽のなかで水攻めの拷問は受けるは、ギャングのクラブで撃たれ、警察/FBIからも追われて逃亡と、まさにハードな演技の連続だが、迫力十分でそこだけは評価できる。
 しかし、いかに体当たりの演技が素晴らしくとも作品を救えるわけではない。
 主人公のエミリーはボストン支局のFBIの捜査官。捜査官でもある夫とニックと可愛い息子と共に幸せな新婚生活を送っていたのだが、捜査中に誘拐され6年間もその所在が知れない。FBIはようやくエミリーが追っていた連続殺人事件容疑者で、街の実力者でもあったコンラッド・ハーロウをエミリー殺害の容疑で起訴し、終身刑の判決を勝ち取ったばかりだ。夫のニックは、裁判後ハーロウに「おれの妻はどこにいるんだ!」と凄い形相でくってかかる割に、自分はさっさと再婚していて、大きくなった息子と美人の新しい奥さんとともに、エミリーの墓に墓参りに来ているくらい。
 ところが、深夜にニックの携帯に収監されているはずの犯人ハーロウの声で電話がかかってくる。その声は、「エミリーはまだ生きている、ただしリミットは1時間だ」と場所を伝えて切れてしまう。
 指定された、森の中のコテージの中には、完全密閉されタイマー式で水が注入される水槽が置かれており、その中に瀕死の状態のエミリーが発見されたのだ。エミリーは、6年間も拘束されていたがその間の記憶は、まぶたを切り取られた血だらけの目と、繰り返される水攻め/拷問のみ。容疑者だったハーロウは、エミリーが戻ったために釈放されてしまうのだが・・・。
 衝撃的なオープニングでいかにも面白くなりそうだが、その後の展開はとてつもなく酷い。脚本は随所が穴だらけで、おかしな事だらけ。サスペンス的なリアリティーといううものは完全に度外視されている。
 イケメンの夫や、FBIの上司、同僚、さらにはエミリーに疑いを持つボストン市警の無頼派っぽい刑事。どいつもこいつも、格好は一丁前だが、驚くほど無能で役に立たない。話が進むと、男たちは役に立たず、再会した息子も新しい継母になついていて自分を拒否する。そんな孤独の中で、ひたすら強い女である主人公が、女ジャック・バウワーばりに一人で暴走して真相を追いかける・・・ドラマなのだという輪郭はわかってくるが、それにしても細部が酷すぎる。
 主人公は早く活躍する必要があるため、6年も監禁されていた人物とは思えないほど簡単に病院を退院。通常なら精神病院で長期の検査が必要だろうが、ドラマでは簡単なカウンセリングに通うだけ。容疑者だったハーロウが何者かに殺されると、今度はマスコミがエミリーに疑いを向ける。それはともかくも、ボストン市警の女上司は、現場の刑事トミー・ギブスに「マスコミもそう言ってるんだから」と、エミリーを捕まえるように指示する。いくらなんでも田舎の保安官じゃないんだから、市警がFBIの捜査官を簡単に捕まえてこいなどというのはおかしすぎだろう!
 アル中で医師免許を剥奪されたエミリーの兄もエミリーの協力者と疑われるが、弁護士を呼んで釈放された後はノーマークで監視一人もついていない。
 最後には予想できない人物が黒幕として登場するのだが、伏線が全くないので誰にもわからないのは当然である。それより酷いのは、犯人は最初の容疑者と繋がりがあることが明かされる。6年間も捜査を続けてきて、さらにはその容疑者が拘束中に電話をかけるというミステリーが発生したのに、FBIがそれは忘れて関係者の捜査はまるでしなかった・・・ということになるのだ。この衝撃のどんでん返しの元は、そもそもFBIの間抜けすぎる捜査が招いたもだったらしい。
 ドラマなので省略される部分があるのは当然だが、全編を一人でディレクションしているイスラエル人監督は、説明に必要なシークエンスは省略する代わりに、ここは必要ないというエピソードを何度もぶち込んでくる。お手上げだ。
 もう一つ、大変気になるのがロケーション。ボストンとその周辺が舞台だが、町も郊外も異常に寂しい風景で到底アメリカに見えない。もちろんボストンやニューヨークを舞台にしたものはカナダで撮影されることは多いが、それでも北アメリカの感じは出ているものだ。しかし、このドラマはちょっとおかしい。町ではエキストラも使っているが、中華街にアジア系が少なく、黒人はそれ以上に見かけない。服装も、到底アメリカ人には見えない。
 クレジットをよーく見てみたら、どうやらロケのほとんどをブルガリアで撮影したらしい。パリを舞台にしたものがハンガリーなどの東欧で撮影されるのはよくある話で、それ自体を批判する気はないが、ブルガリアがボストンに見えないくらいの見識は必要じゃないだろうか?おかげで国籍不明のダークな雰囲気だけはでているが。
 このドラマに感じるのは、ソニーのようなグローバリズム・カンパニーにありがちな効率主義の判断基準。ロケ地だけでなくスタッフなどに全てについてイージーなオフショアを行った結果が、粗悪なドラマにつながったではないか?ソニーだけに、4K撮影機材だけは肝いりで投入したらしく、アマゾンでは4K版も視聴できる。
  2011年の「人喰いトンネル MANEATER-TUNNEL」という邦題のホラー映画が、原題だと<Absentia>で全く同じだが無関係。まだこのB級ホラーの方がましかな・・・。

【追記】
 つい先日、人気作家ユッシ・エーズラ・オールスン原作のデンマーク映画、「特捜部Q 檻の中の女」を見たら、「アブセンシア」の「犯罪」の骨格は、どーやらこの小説(映画)からそのままいただいたもののようだとわかりました!元ネタ「檻の中の女」のほうは女を拉致して、加圧器の中で徐々に加圧して監禁する(急に出たら圧力の関係で死んでしまう)というものですが、犯罪の動機も幼い頃にできた恨みだし、少年院も出てくるし、もちろん全く同じではないけれど、明らかにこれを見てから書いた脚本でした。まったく、とほほです。

by 寅松