海外ドラマ

ゲッティング・オン

下品極まりないブラックコメディーが浮き上がらせるのは、介護医療の現場の現実と人生の最後あり方

Getting On
2013〜2015年 HBO カラーHD 30分 全6話×全3シーズン Huluプレミアムで公開後、アマゾン・プレミアムで視聴可能。
クリエイター:マーク・V・オルセン、ウィル・シェファー
出演:ローリー・メトカーフ、アレックス・ボースタイン、ネイシー・ナッシュ、メル・ロドリゲス、ハリー・ディーン・スタントンほか

 ともかく、出だしからウンコでスタート!その後も、ウンコ、ゲロ、マンコが異常に頻発する。ここまで下品な会話や、ウンコやゲロが飛び散るドラマは見たことがない。ちょっと目を話すと、すぐフェラチオやらセックスをしているやつも出てくるが、それでも一切セクシーなものとは縁がない。なにしろこのドラマは、カリフォルニア、ロングビーチの公営病院に併設された長期介護病棟を舞台にしたブラック・コメディだからだ。
 とんでもない状況が日々噴出するのだが、一つ一つにリアリティがあり、高齢者介護や医療の現実に見事に即しているので、コメディとして見せているのだが、これを誇張と言うべきなのかどうかを迷うようなシーンもしばしばである。ある意味、だからこそ恐ろしくもある。
 カメラは、ドキュメンタリー的手法で話題になったBBC(のちにNBCがアメリカ版を製作してこれも話題になった)の「The Office」の方式を踏襲しており、院内のドキュメンタリーを見ているようなカメラワークが見られる。それもそのはずで、このドラマも2010年にBBCでスタートした同名のドラマをベースにして、アメリカに舞台を置き換えてリメイクされた作品である。
 オリジナルのイギリス版は、女優、コメディアンであるジョー・ブランド(元精神科看護師の経験がある)、女優でライターのヴィッキー・ペパーダイン(両親ともに英国国民保険サービスに勤務していた)、同じく女優でライターのジョアン・スカンラン(ケンブリッジ大学院出身で、看護師の役が多い)の3人が共同で執筆したドラマで、これをHBOがBBC Fourと共同でリメイクしたのがアメリカ版だ。
 クリエイターのマーク・V・オルセンとウィル・シェファーは、HBOの「ビッグ・ラブ」(モルモン教の多重婚を扱うコメディー)のクリエイションで知られるコンビ(さらに公表しているゲイ・カップルでもある)脚本家。30分という時間に驚くようなエピソードを詰め込んだドラマは、脚本のシャープさはピカイチと言えるだろう。
 登場人物のひねりもすごい。入院患者は概ね痴呆症を発症しているが、もともとの粗暴さが助長されていたり、色ボケしていたり、犯罪者だったり、元学者だったり、外見が老人というこちらの思い込みを裏切る設定ばかり。これに対するスタッフもみな依存症を抱えていたり、自己中心的で高圧的だったり、表面を取り繕うことに賢明だったりで、どうなることかと心配になるが、プロとしての仕事となるとちゃんと責任感もあり、最後の最後にはちらりと人間らしさも見せて、そこがまた泣かせる部分にもなっている。
 このアメリカ版で主演を務めるのは、自己中な医師ジェンナを演じるローリー・メカトーフ、主任看護師ドーン・フーシェットのアレックス・ボーステイン、黒人看護師ディーディーを演じるネイシー・ナッシュ、看護師長(スーパーバイジング・ナース)パッツィー役のメル・ロドリゲスの4人。
 ステッペンウルフ・シアター出身のメカトーフは、映画にも多数出演しているが、コメディの「ロザンヌ」の妹ジャッキー役や「ビックバン・セオリー」でのキリスト教原理主義者であるシェルドンの母親役といえば思い出す人もいるだろう。
 「グッドナイト&グッドラック」や「テッド」にも出ていたアレックス・ボーステインは、脚本家として「シェイムレス 俺たちに恥はない」(アメリカ版)にも参加した才女。アマゾンオリジナルの「マーベラス・ミセス・メイゼル」にも出演している。
 米の人気インテリア改造番組<Clean House>のホストとして大いに有名なネイシー・ナッシュは、当初ドーン役のオーディションを受けたが、脚本を読んでディーディーの役に惚れ込んで変更を申し出たというほど。登場人物の中で唯一と言っていい真っ当な看護婦ディーディー役(ただし黒人特有の家族問題に常に振りかわされているが)を見事に演じている。
 ゲイであることを当初は公表していない巨漢の男性看護師長、パッツィーを演じるメル・ロドリゲスは、「ベター・コール・ソール」のボブ・オデンカーク演じるジミー(のちのソール)が、イリノイ地元でケチな詐欺を一緒にやっていた親友マルコを好演していた人物だ。
 患者の老人たちの中にも驚くような人が。シーズン1の最初の方で、ベッドの上でぼんやりと「花のサンフランシスコ」を歌っている意識のあぶない、ドナ・ヒュウラーは、のちに映画「ホワイトクリスマス」のなかで1曲歌っていた元女優とわかるが(これは、ドラマ内の設定で事実ではないようだ)すぐ亡くなってしまう。ちょい役だが、実際に40年代にRKOのB級映画やミュージカルで活躍した女優、アン・ジェフリーズが演じている。
 痴呆ながら病棟でもっとも扱いやすいために、愛されているバーディーを演じているのは、60年代のコメディ「ディック・バンダイク・ショウ」などで知られるアン・モーガン・ギルバート。しかも彼女にはボーイフレンドの老人がいて、時々病室に現れては、看護婦が目を離した隙にヤリ始めてしまう!この呆けた老人を演じているのは、なんと「パリ・テキサス」や「レポマン」、デヴィッド・リンチ作品などで知られた名優、ハリー・ディーン・スタントンだから驚きである!残念ながら、ギルバートは2016年、スタントンも去年(2017)に亡くなってしまった。
 シーズン3の最後には、ずっと歌い続ける車椅子の患者登場。なぜか暗い歌を常に口づさんでいて、ジェンナをイラつかせるのだが、なんとこの患者を演じているのは本物のジャニス・イアン(70年代の大物シンガー・ソングライター)である。
 患者以外でも笑えるのは、第3シーズンにジェンナが幹事役として主催する老人医療学会(排泄関連部会)に英国からやってきた参加学者とその助手(見栄で助手にしているだけで実は看護婦)。なんとオリジナル版のヴィッキー・ペパーダインとジョアン・スカンランがオリジナルの役名である、ドクター・ペッパムーアとデニースのまま登場している。楽屋オチだが、予想どおりそれぞれに最初はドクター同士、看護師同士、似た者同士てあることを発見するのだが最後には大げんかが始まる。
 <Getting On>というのは、「バスに乗り合わせる」みたいな意味もあるが、おそらくは「なんとかうまくやっていく」というような意味なのだろう。組織や保険行政のなかの大きな不備や限界。老人医療というものが抱える根本的な限界や、医療を食い物にする資本主義のあり方。そのうえそれぞれが個人的な大きな問題を抱えながらも、スタッフたちはいざとなれば全力で患者のために力を尽くす。その姿は、「ER緊急救命室」の10倍くらい、「レジデント 型破りな天才研修医」の150倍くらい、「ドクターX 〜外科医・大門未知子〜」の300倍くらいリアリティーがある!
 皮肉屋で自己中心なドクター、ジェンナが「この世に正義はない。でも、慈悲はあるのよ。慈悲は、自分たちでお互いにかけあうことができるでしょ」と言い残すセリフはまさに彼女たちの立ち位置を表していて感動させられた。

by 寅松