海外ドラマ

刑事リバー 死者と共に生きる

これは、まるで現代の「幽霊探偵ホップカーク」だ!って、誰も知らないか(笑)

RIVER
2015年 イギリス カラー 連続ドラマ(全6話)BBC One(Kudos) AXNミステリーで放映/Netflix
クリエイター:アビ・モーガン
監督:リチャード・ラクストン、ティム・ファイウェル、ジェシカ・ホッブス
出演:ステラン・スカルスガルド、ニコラ・ウォーカー、アディール・アクタル、エディ・マーサン、レスリー・マンヴィルほか

 ベルイマンのストックホルム王立劇場の団員としてスタートし、「存在の耐えられない軽さ」、「レッド・オクトーバーを追え!」、「インソムニア」(オリジナル・ノルウェー版)、「グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち」、「ダンサー・イン・ザ・ダーク」、「ベオウルフ」、「パイレーツ・オブ・カリビアン/デッドマンズ・チェスト」、「宮廷画家ゴヤは見た」、「マンマ・ミーア!」、「ドラゴン・タトゥーの女」、「アベンジャーズ」などなど、これまでも多数のメジャー映画に出演してきた、スウェーデン人の名優、ステラン・スカルスガルド。彼を主演に据えた、全6話のイギリス製刑事ドラマである。
 英国の刑事ものといえば、昔は日本の2時間ドラマのごときほのぼの路線が主流だったが、さすが北欧のダークサスペンスなどの影響を受けてか、近年では刑事自身が自己の内部に闇を抱え込んでいるような設定も多くなってきた。特にミニシリーズでは、こういう大人なドラマが多い。大ヒットした、「刑事ジョン・ルーサー」をはじめ、ミステリー作家マーク・ビリンガムの「刑事トムソーン」シリーズ。同じくビリンガムが原作の女性刑事もの「イン・ザ・ダーク」。北イングランドが舞台の「ハッピー・バレー」などなど、なかなか見ごたえのある作品が多い。
 この「刑事リバー」も、上記のような系列の一風変わった刑事ものの一つと言えるだろう。
 特異な点は、主人公のジョン・リバーが、ロンドン市警に勤務するスウェーデン人の警部補(DI)であることと、彼が幼い頃から「死者」と話す能力を持っている点だ。
 オープニングがとても秀逸だ。仏頂面の熟年刑事リバーと、助手席に座った中年女は長く連れ添った夫婦のように言い争っている。女はなんとかリバーにウォークスルーのハンバーガーショップでの注文をさせようとするが、リバーはそんなシステマティクな注文がおぼつかない。しかもバーガーを一口食ったあとで、「こんなもの食べられたもんじゃない」と袋ごと押しやってしまう。女は、「慣れるわよ」と取り合わない。そのまま二人は音楽についての世間話を。「なんであなたはスウェーデン人のくせに歌わないの?ABBAだって、ロクセットだって・・」リバーはニヤニヤしながら聞いているが、「a-ha」も、と女が言うと「あれはノルウェー人だ!」と素早く訂正する。そのあと、ラジオからかかる70年代の(悪趣味な)ディスコ・ナンバー、ティナ・チャールズの「愛の輝き」<Love To Me>で女が歌い出し、リバーもつられて歌いだすというオープニング。一体どこがサスペンスなのか??という出だしだ。(この歌は、あとあとまでドラマ全体のテーマとして登場する)しかし、すぐあとでリバーが停車している青いフォードを見つけると、一気に緊迫。リバーは車から降りた男を追いかけ始める。あれ、相棒はのんびりしているなあ・・と思っていると、しばらくしてこのニコラ・ウォーカー演じる相棒女刑事(DS)スティービー(ジェッキー・スティーブンソン)はすでに死亡しているらしいことがわかってくるという仕掛けである。
 「幽霊!?」とカウンセリング中の精神科の医者に問われ、「幽霊など信じない」と言ったあとで、リバーは少し考えて<manifesto>(宣言/表明)と答える。字幕は「本人だ」と意訳されているが、要するに本人が自らの声で、言うことがあって出てくるのだという意味だろう。実際、リバーに登場する死者は、生きている人間とあまり区別がつかない。他の死人もたくさん登場するが、リバーにはすでに死んでいる相棒のスティービーがつねについて回るのだ。
 こういう設定のドラマは近年見かけたことがない。ただ大昔(1969年)には同じイギリスで、すでに死んでしまったおしゃべりな相棒が、一緒に捜査するるという探偵ドラマ「幽霊探偵ホップカーク」<Randall and Hopkirk (Deceased)>があった。「銀髪の狼」<Man in a Suitcase>、「秘密指令S」、「特命捜査官ジェイソン・キング」、「ザ・バロン」、「電撃スパイ作戦」などで知られるクリエイター、デニス・スプーナーがITVで手掛けた作品で(ちなみに、2000年にはBBCでリメイクも制作された)、このドラマでは幽霊のはずのホップカークが、相棒のランドールにだけは、生きているのと変わらないほどうざったく話しかける。
 このドラマでは、死人は相棒だけでなく、捜査中の被害者たちや、リバーが追跡したために誤って死んだヤクの売人、さらにはリバーとの関係は不明だが随分昔に処刑された、連続毒殺殺人鬼がつきまとっていて、リバーを困惑させるような言葉を浴びせかける。この殺人鬼トーマス・ネイル・クリームは、「ハンコック」「ミッション・インポッシブル3」、「シャーロック・ホームズ」、「レイ・ドノヴァン ザ・フィクサー」、「刑事トムソーン」など映画やTV界で活躍するエディ・マーサンが怪演している。
 しかも死者たちは、実に厄介だ。死んだんだから、誰が殺したのか教えてくれても良さそうなものだが、かれらは決してリバーに直接犯人を教えてくれたりはしない。ほのめかしや、ヒントをくれたりはするが、直接は言いたくない事情があるのか、そういう死後のルールでもあるのか?結局、リバーは自分で真相を探し当ててゆくしかない。もし、その真相が非常に苦いものであっても・・・。
 様々な事件が絡み合いはするが、全編を通して核になっているのは、20年以上の長い相棒であったスティービーが撃たれた殺人事件である。スティービーは、どうやら死の直前まで、警察の上司には知らせず何かを独自に捜査していたようだ。そこには、ロンドンに流入してくるアフリカなどからの移民が関わっている・・。
 このドラマのニュアンスを複雑にしているのが、死んだ人間だけでなく、生きている人間の多様な人種的立ち場の違いだ。今のロンドンは、おそらく本当にそうなのだろうけれど、現代物の刑事ドラマを見ると、大抵上司は女で、元気な若手は生粋のイギリス人ではなく移民というパターンが多い。このドラマでもその通りで、リバーやスティービーの上司である部長警部(DCI)クリスティー・リードは(「マレフィセント」など知られる、元ゲイリー・ハズバンドの妻、レズリー・マンヴィルが演じる)白人女性で夫は判事という中流階級。スティービーの代役として、リバーとコンビを組むことになるアイラ(アディール・アクタル)は、パレスチナ生まれの移民である。劇中には、そのほか国籍があっても非常に貧しい「チャヴ」と呼ばれる階層や、立ち場の不安定な違法入国者、性的マイノリテーなどが登場する。
 なかでも複雑なのがスティービーの家族で、かれらは親の代にアイルランドから移移住してきて、ロンドンでギャングとしてのし上がった一族だったのだ。そのなかで、なぜかスティービーだけが、一人警官になってしまった。
 今では、一族の長である叔父は事業で成功してギャングから足は洗っているが、スティービーの兄弟や母親は今もガラが悪い。特に兄は元ギャングで殺人を犯した過去がある。スティービー自身が逮捕して14年の刑期を終えて最近出てきたばかりのようだ。アイルランド出身者のロンドンにおける立ち位置は、日本における在日朝鮮人のそれのように一言では割り切れない複雑なものがある。
 リバー自身は教養もある北欧系ながら、ロンドンにおいては移民の一人であり、イギリス人の上司とも友達付き合いをする一方、スティービーの厄介な親族や、移民として紛れ込んでいるソマリア人、相棒となった中東出身者アイラとも予断なく接してゆく。イギリス人の刑事には見えなくとも、自分自身が移民をしたという経験を持つリバーならで理解出来る部分も多いのだろう。
 ところで事件は延々と回り道そした挙句、なんとも意外な方向へ走り出す。結末はなかなか衝撃的だが、それを正当化するための伏線や説明は若干弱い感じがある。さすがに全6話では、十分手が回らなかったのかもしれない。
 しかし、それでも非常にユニークで、比類ない刑事ドラマであることは間違いない。とくに最後まで感情を簡単に表に出すことができない、リバーの思いが溢れ出すラストのスカルスガルドの演技は秀逸だ。
 Netflixで見ることができるが、最近CS、AXNミステリーでも放映されている。

by 寅松