TRUST

世界一有名な誘拐劇の顛末をボイル流に分解、整理。すべての登場人物の悲劇と喜劇を丹念に描いた傑作クライム・ドラマ!

TRUST
2018年 アメリカ カラー 連続ドラマ(全10回)FX(Fox) FOXチャンネルで放映
監督:ダニー・ボイル クリエイター(脚本):サイモン・ボーファイ
出演:ドナルド・サザーランド、ヒラリー・スワンク、マイケル・エスパー、ハリス・ディキンソン、ブレンダン・フレイザー、ルカ・マリネッリ、サイラス・カーソンほか

 先に一言で言ってしまうと、かなりの傑作である。
 「スラムドッグ$ミリオネア」で81回アカデミー賞の8部門を独占した大監督ダニー・ボイルと脚本家サイモン・ボーファイのコンビであれば、期待されるのは当然ではあろうけれど、往々にして映画の大監督が連続テレビドラマに参入すると、残念な結果に終わることも多い。その点、このTRUSTは、予想をはるかに上回る出来だ。
 ダニー・ボイルの作品はジェットコースター的に連発されるサスペンスが売りだが、詰め込みすぎで見る方は疲れる。基本的に映画のなかで言いたいことが多すぎるのではないかと思う。その点、全10話の尺だと、ハラハラしながらも十分落ち着いて見ていられる。
 話の方は、なにせ世界一有名な誘拐劇なので、あっと驚く秘密はない。石油で儲けた世界一の大金持ちジョン・ポール・ゲティ1世は、同時に世界的に知られたドケチでもある。一方、美しい容姿、誰にでも愛される優しい性格を持ちながら、ローマでの自由自堕落な生活でドラッグにおぼれる、孫のジョン・ポール・ゲティ3世。孫は、結局ヤクの支払いに困り、じいさんから金を引き出そうと狂言誘拐を思い立つが・・・思わぬ方向に事態は動き、本物のマフィアが絡む誘拐に発展。それでも、ドケチの1世は当初「1ペニーたりとも払わない。わたしには14人もの孫がいる!払えば、すべての孫に危険が及ぶだろう」という宣言をしてしまう・・・。
 有名な話どころか、昨年(2017)にはリドリー・スコット監督で「ゲティ家の身代金」<All The Money In The World>が全く同じ題材で撮影されているのだから、どうしようもない。
 孫の耳が切り取られて送りつけられたり、値切られた後に結局身代金が支払われて、ようやくゲティ3世が解放されるという大筋や、ゲティ1世が交渉のために、元CIAのフレッチャー・チェイスという男を送り込んだ事実は、歴史なので隠しようがないのだ。
 サイモン・ボーファイの脚本は、ストーリーの意外性ではなく、リアリティのあるエピソードの積み重ねで見せて行く。そして、さすがのダニー・ボイルさんは些細な登場人物にもそれぞれの人生があり、そこにドラマがあることを見逃しはしない!副題に「ゲティ一族のサーガ」とあるように3世の父親で、やはりドラッグを断ち切れないジョン・ポール・ゲティJr.(2世)の人生はもちろん、元妻のゲイル(アビゲイル・ゲティ、旧姓ハリス)の人生、さらにゲティ1世の妻とハーレムのような愛人たちの日々、屋敷の全てを取り仕切る、寡黙な執事の人生までが描かれて行く。
 さらにすごいのは、誘拐する側にも均等にドラマが振り分けられていること。麻薬を3世たちに売りさばいていたレストラン経営者。その男からゲティ3世を奪い取る、凶暴な性格のマフィアのボスの甥、プリーモ。さらにはプリーモの所属するマフィア「ンドランゲタ」の内情が描かれる。「ンドランゲタ」は、もともとはカラブリアの山の上でヤギを育てていた貧しい村のマフィア組織だが、ボス、サルバトーレやプリーモのようにすぐに人を殺してしまう凶暴な奴もいれば、ボスの片腕で会計士と呼ばれる頭脳派の幹部レオナルドや、都会で勉強してきたインテリの若者もいる。かわいそうなのは、ローマで弁護士をしているのに、英語での折衝のために駆り出されるプリーモの従兄弟だ。恐怖と偏狭な土地の絆により、マフィアに協力してしまう村人の描き方も秀逸だ。
 題名の<TRUST>は、最初の方でゲティ1世が孫に説明するトラスト(信託基金)を使って次々事情を拡大して行く「脱税手法」と、誘拐事件の金の受け渡しには必ず必要になるある種の「信頼関係」(トラスト)をかけているのだろう。しかし、広い意味で考えれば、カラブリアの辺鄙な村における閉鎖的な人間関係、マフィアたちの恐怖だけで保たれる信頼関係、ゲティ3世と母親の強い絆、ジョン・ポール・ゲティ1世と息子たちの壊れた信頼関係、執事と主人の関係などなど、どれも<TRUST>という言葉の本質を考えざるを得ないエピソードでまとめられている。サイモン・ボーファイの脚本は凄いとしか言いようがない。

 その脚本を生かすためのキャストがまた素晴らしい。ジョン・ポール・ゲティ3世には、大物ドナルド・サザーランド!ジョン・ポール・ゲティ3世にはサンダンス映画祭出品作「ビーチ・ラッツ」で注目された英国の新鋭、ハリス・ディキンソンが。
 この二人は、とても実際の人物に似ているし、演技がすばらしい。
 リドリー・スコット「ゲティ家の身代金」では当初、ゲティ1世をケヴィン・スペイシーが特殊メイクで演じたが、ハリウッドのセクハラ問題が噴出した時期に、スペイシーが過去に犯した少年へのレイプ未遂が暴露されて、全シーンを老俳優クリストファー・プラマーで撮り直した。スコット監督が、スペイシーの「究極の嫌な奴」ぶりを期待したのはよくわかるが、ちょっとボケの入ったような悪辣さを出せるのは、サザーランドの方だろうと思わずにいられない。
 また、「ゲティ家の身代金」では、ゲイル役をミシェル・ウィリアムズが(当初はナタリー・ポートマンの名が挙がった)を、フレッチャー・チェイス役をマーク・ウォールバーグが演じたが、これも実にハリウッド的な配役だ。<TRUST>では、ゲイル役をヒラリー・スワンクがリアルに演じている。コミカルな狂言回し的な部分も負っているチェイス役としては、久々のブレンダン・フレイザー(ハムナプトラ)がアメリカ中西部人丸出しな風体で登場する。現代のCIA職員なら、マーク・ウォルバーグもわかるが、70年代という時代を考えれば、この配役は実に的を得たものだ。
 実はブレンダン・ブレイザーは「ハムナプトラ」シリーズでスターの仲間入りをして以来、ここのところパッとしなかったが、今年に入りなんとハリウッド外国人記者クラブHFPA(ゴールデングローブ賞を主催)の元会長から、15年前にセクハラを受け、そのため映画界から離れていたと告白した。偶然だろうが、スペイシーの関わった「ゲティ家」に対して、まさに皮肉としか言いようのないキャスティングになってしまった。ちなみに、イタリア人俳優も素晴らしく、特に凶悪なプリーモ役のルカ・マリネッリは好演している。
 ロケーションの豪華さもリアリティを生んでいる。歴史上のジョン・ポール・ゲティ1世はロンドン郊外、17世紀の豪邸サットン・プレイス<Sutton Place>を所有していたが、現在この屋敷はロシアの新興財閥(ま、ようするにロシア・マフィアだろうね)が所有していてロケでは使えないらしい。それにかわって、ボイル監督が屋敷のシーンの多くを撮影したのが、同じく17世紀に建てられたオードリー・エンド・ハウス<Audley End House>。外観的には本物より壮大な感じだ。
 また食堂など一部のロケーションには、もうひとつの有名な17世紀の屋敷、ハートフィールド・ハウス<Hatfield House>が使用された。すでに多くの映画で使われている物件だが、スコット監督の「ゲティ家の身代金」ではこちらが使われている。
 ローマのロケーションはどこでとっても絵になるが、実際にゲティ3世が囚われていたカラブリアの山中の景色も素晴らしい。実際にカラブリアでロケされたようだ。

 当然ダニー・ボイル監督なので、音楽の選曲もなかなか楽しい。60年代末あたりから、実際に事件が起きた1973年のヒット曲が多く使われているし、内容に合わせた選曲がされているものもある。
 のっけからピンクフロイドの「マネー」で始まり、ストーンズの「ギミー・シェルター」やら、ボウイの「ジンジニー」、スウィートの「ロックン・ロールに恋狂い」<Ballroom Blitz>、ホーク・ウィンドの「シルバーマシン」、ジョン・コンゴスの「あっ、ジョンコンゴスだ!」<He’s Gonna Step On You Again>、キンクスの「サニー・アフタヌーン」など、わかりやすいものオンパレードなのかと思えば、ゲティ3世と恋人のジゼラと双子のユッタとともにハイになってヌード撮影をしている回想で流れるのは、カーヴド・エアの<Backstreet Luv>。他にもユーライヤ・ヒープの<Easy Livin’>、アトミック・ルースターの<Devil’s Answer>、ジェファーソン・エアプレインの<Comin’ Back To Me>、フロイドの<Eclipse>など、プログレ/サイケサウンドがちょっとづつ紛れ込んでいたりもする。
 映像に合わせ凝っているのは、ローマ支社を任されていたゲティ2世が、父のいじめで自暴自棄になるシーンで流れる、カテリーナ・カゼッリ<Caterina Caselli>による「黒くぬれ」<Paint It Black >のイタリア語カヴァー。またシカゴの初期(シカゴ・トランジット・オーソリティ時代)にリリースした、「アイム・ア・マン」(スペンサー・デービス・グループの67年のヒットのカヴァー。69年シングル発売)が、ゲティ3世を入手したプリーモが意気揚々と叔父サルバトーレに報告に帰る道すがらにかかる。
 またエンディングとして効果的に使用されるのは、3回めのエンディングに流れるティミー・トーマスの「かなわぬ想い」<Why Can’t We Live Together>、ようやく脅迫状内容がゲティ家に伝えられた回のボックトップスの「レター」、レオナルドの息子が人質のゲティ3世に同情を寄せてしまう回に使われるレア・バードの「シンパシー」<Sympathy>、淡い希望が潰えた回のドリス・デイの<If I Give My Heart To You>など。どれも素晴らしい効果を生んでいる。
 
 このドラマは、全10回のうち9回目で事件自体は解決し、最後の1回ではその後のゲティ家の運命とマフィアの運命が描かれる。周りが全て離れていったゲティ1世は孤独のうちに最後を迎え、ゲティ2世(ジュニア)は、これ以上耐え切れないという世話係のビクトリアに迫られリハビリテーション施設に入所、そしてゲティ3世は恋人のジゼルと挙式をあげ、のちにハリウッド俳優となる息子、バルサザールを授かるが、人生は順調にはいかない。ドラマでは暗示的な映像がかすかに流れ、チェイスが「検索しろ!」(ググれ!)と囁くだけだが、1981年にはアルコールと薬物の過剰摂取で肝不全と脳梗塞を引き起こして頸髄損傷を被り、視力も失って以降54歳で死亡するまで車椅子の生活を余儀なくされた。
 一方、ゲティの身代金を得たマフィア一家では、プリーモがボスのサルバトーレを殺害して実権を握り、レオナルドとその息子に協力させてカラブリアの港湾を整備する事業に乗り出す。結局、この港を足がかりに麻薬を売りさばいた一家(ンドランゲタ)は、イタリア一のマフィア組織に成り上がってゆく。
 金が多いのは、単にやっかいなのか?(笑)この物語から得た教訓を生かすために、最後にフェレッチャー・スミスが離婚した妻と息子の家に向かうシーンでは、ようやくほっとできるだろう。
 近年Fox配給でここまで見る価値のある作品は思い当たらない。お勧めできる。

by 寅松

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