アイ・イン・ザ・スカイ 世界一安全な戦場
ドローンがもたらす、世界一安全で世界一後味が悪い戦争!
2015年 イギリス/カナダ カラー 102分 エンターテインメント・ワン/レインドグ・フィルムズ
監督:ギャヴィン・フッド 脚本:ガイ・ヒバート
出演:ヘレン・ミレン、アーロン・ポール、アラン・リックマン、バーカッド・アブディ、モニカ・ドランほか
「世界一安全な戦場」という副題が付いているが、安全な場所からゲームのように弾丸をどんどんぶちかます話ではない。むしろ、安全な会議室であればるほど、攻撃による犠牲と、その攻撃がどんな効果をもたらすのかを冷静に判断せざるを得なくなる。旧来の戦争は、たとえ、殺害や破壊行為であろうとも、自らの身を危険にさらす軍人がギリギリの現場判断で行うもので、それが犯罪に問われるかどうかはのちに検証されての話であろう。それに対し現代の戦争ではすべての情報は会議室に集約されていて、被害予測も、犠牲となる人々さえ把握されていてる。攻撃のもたらすメリットと人の命が冷酷な天秤にかけられる事態が起こるのだ。
それは、戦争というものの本質を焙り出さずにはおかない。要するにその戦争(この映画の中では宣戦布告もない一攻撃に過ぎないが)がもたらす大義のために、目の前の命が犠牲になってもそれは正しいのことなのか?それが正しいと判断するのは誰なのか?ということである。
映画は、英国の軍事情報部とアメリカ軍の共同作戦を描いている。イギリス軍が時間をかけ追ってきたテロリストが、ケニアのナイロビ近郊を拠点としているテロ組織と合流するタイミングを狙って、現地軍を送り込んで捕獲するという流れで、それを空から監視するのが、米軍のドローンのはずであった。ところが、まあこういう作戦にありがちなパターンで、テロリストたちの接触場所が住宅地の隠れ家から、場所はテロリスト支配地域のど真ん中へと突然の変更。
現地の非力な特殊部隊では、当然この支配地域の真ん中で作戦を遂行することはできない。
6年間の間追ってきたイギリス国籍のテロリスト、アイシャ・アハディをどうしてもこの場で殺害したい、担当のキャサリン・パウエル大佐(ヘレン・ミレン)は強硬にドローンからの空爆を主張するが、内閣府の作戦室(コブラ)では大騒ぎが勃発する。現場はテロ組織の支配地域ではあるが、無関係な民間人が多く住んでいる。攻撃のターゲットになっているアジトの隣には、自転車を営む普通の家族がおり、おりしも爆撃の直前に、この自転車屋の娘アリア(アイシャ・タコウ)が、アジトの屋敷の塀の外で、丸パンを売り始めたのだ。
パウエル大佐から攻撃の命令を受けたアメリカ側のドローン・パイロット、ワッツ中尉(アーロン・ポール)は、この事態に命令の再考を願い出る。パウエル大佐は、内閣府にいる上司であるベンソン中将に決断するようせまるが、作戦室ではノース政務次官(モニカ・ドラン)は民間人の少女を犠牲にするようなことがあれば、政治的リスクになると反対。ウッデール閣外大臣(ジェレミー・ノーサム)は、責任を回避すべく、英国外相やアメリカ国務長官の判断を仰ぐべきだと主張する。
一方ケニアの特殊部隊が持ち込んだ小型ロボットで、新しくリクルートされた米・英出身の志願者に、自爆テロ用爆弾ベストが用意されていることもわかってくる。
時間が限られる中、迷走するロンドンの作戦室、なんとしてもテロリストを殺そうと意気込むサリー州の英軍司令室、テロリストに見つからないように怯えながら、なんとか少女を帰らせようと必死のナイロビの現場工作員、ネバダ州のドローン制御ブースでは、目の前の少女を巻き添えにしろという命令と、自分の良心に葛藤するパイロットと助手の上等兵。それらが速いカットバックで加速度的に暴走してゆく。
南アフリカ出身の俳優でもある、ギャヴィン・フッド監督は、実に淡々と物語を進めてゆく。
最後には、業を煮やして部下に爆撃の被害想定予測の数字を加工するよう圧力をかける現場のパウエル大佐を演じるヘレン・ミレンは、キャラ通り強烈な鉄の女を見事に演じてはいるが、台本的には彼女がここまで英国人テロリストの抹殺にこだわる理由の説明は不十分に思える。
実際にミサイルを発射するパイロット、ワッツ中尉を演じたのは、ブレイキング・バッドのジェシー・ピンクマンでブレイクした、アーロン・ポール。学生ローンのために兵役に就いた普通の若者が、理不尽な任務に憔悴した様子で、夕日の中帰宅に着くすがたは印象的だ。
話はそれるが、公開中のアマゾン・オリジナル「トム・クランシー/CIA分析官 ジャック・ライアン」の中で、まったく同じようなドローン制御ブースが登場するのだが、場所がネバダ州である。現実にドローン基地はネバダ州のクリーチ空軍基地にあるのだろう。
しかし、さすがトム・クランシーのバカドラマだけあって、「CIA分析官 ジャック・ライアン」に登場するパイロットは、(設定上ややヤケになっているとはいえ)命令を無視して独断で、イスラム教徒から逃れてきた親子を助けるために、ミサイルを打ち込むのだから笑える。
会議では印象の薄い、パウエル大佐の上司、ベレンソン中将を演じるのはハリーポッター・シリーズのセブルス・スネイプで有名になってしまったイギリス人俳優、アラン・リックマン。彼の見せ場は、ただ一つ。モニカ・ドラン演じる政務次官が「いいうなれば、恥ずべき作戦ね!私たちは安全な場所でこれをやったのよ」という非難に、毅然と答えるシーンだ。
「私は爆破直後の現場処理を担当したことがある〜〜、確かに今日、コーヒーとビスケットを片手に見たことは恐ろしい。しかし、彼らがやったであろうことはもっと恐ろしいのだ。決して、軍人に言ってはならない!彼が戦争の代償を知らないなどと・・」
実に立派なセリフで、政務次官は言い返せなくなるが、このあとすぐ中将は、部下が取り替えてきてくれた(孫への贈り物であろう)「動く赤ちゃん人形」を上機嫌で受け取って去って行く。立派なのは口だけの偉い軍人を、見事に演じていた。
しかし、よほど後味が悪かったのだろうか?残念ながら、名優リックマンは、この作品が出演作としては遺作となってしまった。(声の出演は「アリス・イン・ワンダーランド/時間の旅」が遺作)
現地の工作員を演じたソマリア出身の俳優バーカッド・アブディ、可憐な地元の少女アリアを演じたアイシャ・タコウの演技もすばらしかったことも付け加えたい。
現在、アマゾン・プライムで視聴が可能である。
by 寅松