アメリカン・クライム・ストーリー/ヴェルサーチ暗殺

ファッション界の大事件の衣を借りて、人気作家が、ゲイ連続殺人犯を〝逆回転〟で描いて見せる意欲作!

The Assassination of Gianni Versace: American Crime Story
2018年 アメリカ カラー 連続ドラマ(全9回) スターチャンネルで放映
監督:ライアン・マーフィーほか 脚本:トム・ロブ・スミス
出演:エドガー・ラミレス、ダレン・クリス、リッキー・マーティン、ペネロペ・クルス

 『アメリカン・クライム・ストーリー』の第1シーズン『O・J・シンプソン事件』(2016年)は、エミー賞「リミテッドシリーズ/テレビムービー部門」作品賞・主演男女優&助演男優賞、ゴールデン・グローブ賞「TVムービー/ミニシリーズ部門」作品賞も受賞した大評判のドラマ(10話)だった。事件そのもの、およびその裁判の不可解な展開も面白いのだが、その後アメリカのメディアでおなじみの顔になったお騒がせ家族カーダシアン家のルーツがわかる仕組みになっていて、アメリカのショービジネス界が大喜びしたのもわかる気がした。
 さて、2年後にシーズン2として『ヴェルサーチ暗殺』が作られ日本でもすぐにスターチャンネルが放映したわけだが、(例のごとく)録画したままツン〝録〟状態になっていた。ヴェルサーチの服とか、特に興味ないし……。
 ところが、第70回エミー賞授賞式をだらだら観ていたら、『ヴェルサーチ暗殺』がリミテッドシリーズ/テレビムービー部門で再び作品賞、主演男優賞、監督賞を獲得していた。エグゼクティヴ・プロデューサーで第1話の監督をしただけのライアン・マーフィーに監督賞が与えられたのは、なんだか業界の気配りが感じられるが、脚本賞にノミネートされていた名前を聞いて「ん?」と驚いた。トム・ロブ・スミス……どこかで聞いたな……そうだ『チャイルド44』の原作者じゃないか! 惜しくも受賞はしなかったし会場にも来ていなかったようだが、その名前を聞いて観ないわけにはいかないだろう。『ヴェルサーチ暗殺』……なぜ、ファッション・デザイナーが「暗殺」されなければならなかったのだろうか……。

 結論からいえば、「暗殺」はたんなる「客寄せ」のためのはったりだった。
 1997年にマイアミの自宅の前で銃撃されて死んだイタリアのファッション・デザイナー、ジャンニ・ヴェルサーチ(エドガー・ラミレス)。ドラマは最初から犯人アンドリュー・クナナン(ダレン・クリス)を登場させ、事件を再現して見せる。ふーん。ヴェルサーチは、病気療養中という設定だからかオーラがなく特に魅力的には見えない。犯人の若者も、恐ろしくもなければ共感もできない、つまらない優等生タイプに見える。大丈夫なんだろうか、このドラマ、と思ったら続く第2話以降、どんどん面白くなっていく。
 実はこの、フィリピン人の父とイタリア系の母を持つハーフの犯人アンドリューは、すでに連続殺人器として指名手配されていた。ミネアポリスで若者2人(両方とも恋人)を殺し、シカゴでは富豪(男娼としての客)を斬殺、さらに逃走の途中で車を乗り換えるために持ち主を射殺していた。
 ドラマは、どんどん犯人の生活をさかのぼっていく。アンドリューは知能が高く頭の回転が速くで話がうまいので次から次へとウソが口から出てくる。父は元大手金融マンでフィリピンで農場をやっている、母はニューヨークで出版社経営、自分はメキシコで『タイタニック』のセットを作っていたが、今はサンフランシスコでヴェルサーチと一緒にオペラの衣装を担当していてこれから世界ツアーに出る……その実態は、男娼として大金持ちの老人に取り入り勝手にクレジットカードを使って豪遊している自称「本物しか愛さない」クールな芸術家気取りの若者だった。
 一方で、申し訳程度にヴェルサーチの過去へもさかのぼっていく。両者が交わるのは、どちらも「ゲイ」として差別され苦悩し、ある時「カミングアウト」して羽ばたいていくという点だ。もちろん、ヴェルサーチは世界的デザイナーとしてだが、犯人のほうは「徹底的に嘘で塗り固められた連続殺人犯」として……。犯人は「ヴェルサーチとはサンフランシスコで知り合った」と最初から言い続けている。さて、これが妄想なのか事実なのかわからないのも興味を引きつけ続ける引力になっている。時は1990年代。ダサいファッションの犯人はダンスミュージックを聞き、コカインやクラックをきめて妄想を見る……。
 とにかく、「ヴェルサーチ暗殺」なる題名は見世物小屋の看板のようなもので、実は「ゲイの連続殺人犯が最後に狙ったのが、自分が大好きな有名人だった」というだけだ。ドラマの主眼は、2人の(両極端な)ゲイが受けていた差別や不安、世の中の不条理などを浮かび上がらせること。
 アンドリューのヤク中仲間だった男(フレディ・マーキュリー風)が刑事に言う。「お前たち、有名人が殺されると真面目に捜査を始めるんだな」4人を殺した連続殺人犯が、かんたんに次の犠牲者ヴェルサーチまでたどり着けたのは、警察とFBIのずさんな捜査のおかげなのだ。
 アンドリューに最初に殺される若い恋人、ひとりは将来有望な建築家、もうひとりは元海軍将校で海軍内でのゲイ差別を匿名でマスコミにリークして退職していた。いってみれば、彼らは〝良いゲイ〟たちだった。ライアン・マーフィがエミー賞のスピーチで最後に彼らの名前を挙げていたのは印象的だ。

 アンドリューの〝口から出まかせ〟ぶりは、メリルリンチで架空口座を売って逃亡した株式トレーダーだった父親の血を引いているというのも意味深。父が事件を起こして故郷のフィリピンへ逃げたのはバブル真っ盛りの時代。そして父親は、捜査陣に追い詰められたアンドリューからの国際電話に「24時間以内に助けに行くから待ってろ」と勇気づけておいて、(アメリカへ戻ると逮捕されるので)フィリピンからまったく動かずテレビのインタビューで「事件の映画化をハリウッドの映画会社と交渉中だ」とのたまってる。とんでもない親父だ。それをテレビで見ているアンドリューは……。
 ジャンニ・ヴェルサーチの過去も描かれ、イタリアの風景も出てくる(少年時代の雰囲気はなんだかトルナトーレの『マレーナ』あたりを参考にしているように見える)。ただ、イタリア南部出身の彼がミラノのファッション界でのし上がっていく過程で、どれほどの障壁や差別があったのかはまったく描かれない。具体的だったのはジャンニの葬儀で、イタリアの教会が同性愛者を認めず、列席したジャンニの恋人アントニオ(リッキー・・マーティン)が司祭の手にキスしようとして振り払われる場面くらいだ。
 ドラマ全体として、アンドリュー4対ヴェルサーチ1ぐらいの比率なのだが、まあ5人を殺した連続殺人犯と1人の犠牲者だから、妥当なのかも……。おっと、そういえばエミー賞の主演男優賞も、アンドリューを演じたダレン・クリスに与えられている。

 各回ごとに時間軸をさかのぼっていく構成がとにかく斬新かつ大胆だ。まさにこれは、「リミテッドシリーズ」ならではの手法であり、作品の成功はどうみても脚本の力による部分が大きい。このシリーズのクリエイター(企画)はスコット・アレクサンダーとラリー・カラゼウスキーというなかなかのくせ者コンビなのだが、なぜか第2シーズンはエグゼクティヴ・プロデューサーのみとして参加になっている。先のエミー賞でも作品賞を受賞してスピーチしたのはライアン・マーフィーだった。しかし、どう考えたって脚本家を評価すべきだっただろう。なにしろ全話ひとりで書いてるし。ただ、マーフィーはエミー賞作品賞受賞の壇上でまず最初にトム・ロブ・スミスの名前を挙げてはいたが。
 ちなみにアレクサンダーとカラゼウスキーが担当した映画脚本には『エド・ウッド』(94年)『ラリー・フリント』(96年)『マン・オン・ザ・ムーン』(99年)『ビッグ・アイズ』(2014年)などがある。

 高校生時代のアンドリューが、友人宅のパーティで、一時話題を呼んだニューウェイヴバンドDEVO(来日して日本武道館でコンサートもした)の曲で踊り狂う場面がある。彼はコートの下にDEVOのメンバーと同じような真っ赤なつなぎ作業服を着ていて注目を浴びる。「本物しか愛さない」男が、DEVOを選んでいたのには驚いたが、事件発覚後、その頃の知り合いがテレビの取材に答える。「彼はただ目立ちたいだけ」。なるほど(アンドリューの高校時代とDEVOのヒットした時期は10年ぐらいずれている)。
 中盤、元恋人の元海軍将校を殺した犯人が、もう一人の本命恋人と一緒に車で逃亡する途中、郊外のさびれたライブハウスに立ち寄る場面がある。ここで、なぜか『マグノリア』で印象的だったシンガーソングライターのエイミー・マン(元ティル・チューズデイ。旦那はショーン・ペンの弟)がひとりギターで歌っている。曲はカーズの「ドライヴ」のカヴァー。80年代の大ヒット曲でよく「ベストヒットUSA」でかかっていた。ビートが効いているヒットチューンなのになぜか不思議にメランコリックな曲だった。ここで聞くと「後悔先に立たず」的な歌詞でなかなか意味深。そして、いつも自信満々の犯人アンドリューは、エイミー・マンの歌を聞いて涙を流す。この選曲が、脚本の指示なのか、監督やクリエイターたちの発明なのか、気になるところではある。

 ところで、トム・ロブ・スミスの『チャイルド44』は映画にもなったがひどいシロモノだった(『チャイルド44 森に消えた子供たち』2014年)。原作は読みだしたらやめられない超面白本で、続篇「グラーグ57 」「エージェント6」とワクワクしながら読みとおしたもんだ(三作とも新潮文庫で2冊組)。なにしろイギリス人が書いた小説なのに、ソ連スターリン体制下の国家保安庁職員が主人公で、チチカーロがモデルの連続殺人事件、娘を救うために囚人船に紛れ込んで強制収容所へ忍び込み、さらにアフガン戦争に従軍しアメリカに亡命するが復讐のために再びソ連へ舞い踊る……と、手に汗握るアクションと重厚なドラマが連続する三部作だった。
 映画になった第1作は、主演の俳優が『八月十五夜の月』のマーロン・ブランドにでもなったつもりだったようで「ロシア語なまりの英語」をずっと喋っていて、バカバカしくなった。そもそもソ連の話なのだから「ロシア語」が当たり前だし、「英語」で演じられるのは観客やマーケットを意識しただけで、「ロシア語なまりの英語」なぞなんの意味もないのに!
 『ヴェルサーチ暗殺』でも、それとまったく同じことが、ペネロペ・クルスによって繰り返されていた。強烈に訛った「イタリア英語」(スペイン語訛り?)で、気が弱かったはずなのに徐々に強気になっていく(ドラマでは逆に進むが)ヴェルサーチの妹を演じているのだが、これもたんなる「場違い」だ。ジャンニ・ヴェルサーチ役のエドガー・ラミレスも、その恋人役のリッキー・マーティン(有名歌手だが、すでにゲイとカミングアウト済)は自然にゲイカップルをラヴラヴに演じているので、ペネロペの「勘違い演技派」ぶりが浮いてしまっている。夫のハビエル・バルデムが助言して止めてあげればよかったのに……。

 ところで、ウィキペディアによればトム・ロブ・スミスもすでにカミングアウトしているようで、「パートナー」の男性と一緒に住んでいるとのこと。どうりで、ゲイ同士の会話やいざこざぶりがリアルなわけだ。

by 無用ノ介 

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