すっぱいブドウ
クルニワンとは何者か?
2016年 イギリス ネットフリックス配信
監督:ジェリー・ロトウェル、ルーベン・アトラス
日本で公開された『S.F.W.』なる映画の監督ジェフリー・レヴィや、『ラッシュアワー』のプロデューサーなど、ハリウッドのお金持ちらしき人々が登場して「友人」として紹介するのは、スマートなメガネをかけた若い東洋人。ワインに関する知識、鑑識眼がずば抜けていて、特にロマネ・コンティの味を見(飲み)分ける能力は天才的で「ドクター・コンティ」とあだ名されてたという。ワインに使うお金は毎月100万ドル、インドネシア出身の華僑で、ハイネケンの中国での販売権をもつ一家の御曹司とも噂されていたが、誰も彼の正体は知らなかった……。
2002年、ルディ・クルニアワンはまだ20代なのに、ニューヨークのワイン・オークション会社と組んで大量のヴィンテージワインを販売しはじめ、10年ほどの間に少なくとも1億ドル相当のワインを売りさばいたとされている。
これは関係者への取材と、なぜか豊富に残っているルディ・クルニアワン本人が映っているプライベート映像(ワイン愛好家はビデオを撮るのが好きらしい)を使って、偽ヴィンテージワイン事件の真相に迫るドキュメンタリーだ。
2012年にFBIが彼の家に踏み込むと、大量のカリフォルニアワインと共に、2万枚近いヴィンテージワインのラベル、コルク、ボトルなどが発見された。捜査が彼の及んだのは、ワイン研究家の調査や、ブルゴーニュの醸造家がわざわざオークションの現場へ足を運んで偽ワインを摘発したことで当局が動いたのだが、なんといっても超大金持ちワイン・コレクターの逆襲が大きかった。
フロリダの豪邸に住むビル・コーク(字幕ではコッチになってる。コックかとも思うが、一般的に使われている呼び方はコーク)は、アメリカ有数の実業家コーク兄弟のうちのひとりで、推定資産40億ドル以上、自宅に4万3000本のワインを所蔵するとんでもない収集家。恭しく&嬉しそうに取り出して見せてくれるのは独立宣言の起草者トーマス・ジェファーソンのサインが入った超ヴィンテージワイン。「1本10万ドル。5本並べると偽物の見本市だ」とビルが笑っているのは、超大金持ちの余裕に加えて、自らの努力もあってクルニアワンが捕まったからだろう。
コークは、代理人(と呼んでいるが私立探偵らしい)を使って元CIA局員らを動員し、クルニワンの情報を集め、本名や学生ビザが切れてアメリカから国外退去の勧告を受けてることなどを調べ上げる。この「クルニワンとは何者か」調査が最高に面白く、「スパイ大作戦」のイントロをいただいたようなジングルが流れて盛り上げる。
クルニワンの母方の親戚はインドネシアを震撼させた金融事件に絡んだ犯罪者で、ルディは2007年だけで20億円近くをそれぞれ名前が違う2人の兄(インドネシアと香港在住)に送金し、彼らは豪遊ぶりをSNSで堂々と自慢していた。さらに、そもそもルディ・クルニアワンの名前はインドネシアの人気バドミントン選手の名前から勝手に取ったものだったのだ!(ルディの名は「ワイン詐欺師」として英語版ウィキペディアにも載っているけど、いいのかね)
1万5000本ともいわれる偽ワインをルディひとりで作れたとも考えられず、「家族総出の事業だった」とブルゴーニュの醸造家は指摘するが、結局逮捕されたのはルディだけで10年の刑を受けて今も収監中。
面白いのは、押収されたボトルには配合比率がメモされていて、どうやらルディ=「ドクター・コンティ」は、本物により近い味を作りあげたうえで、偽ラベルやコルクやキャップをつけビンを汚してヴィンテージらしく仕上げてたらしいこと。そんな高額ワインを開けて飲む人もいないような気もするが、そこまで追及していたルディの追及心というかマニア心というかワイン愛は、誉めてあげたいような気もする。
冒頭から登場する映画監督はルディが逮捕された後も彼のことを信じていて、自分が彼から買ったヴィンテージワインは本物だと信じている。試飲した人に「こりゃ偽物だ」と喝破される場面は爆笑。つまりこの俗物監督、ワインの味を全然わかってなかったのだ!(そりゃそうか)
ルディは、ロサンゼルス周辺からワイン・コレクターの輪の中に入っていったという。もし、これが最初から計画された犯罪ならば、ルディとその家族は「アメリカはバカが多いハリウッドから始めればいい」と考えたのではないだろうか。そして、まだ捕まっていない2人の兄のひとりは香港で豪遊中だ。彼が香港の映画人から中国の田舎者富豪をカモにしているのはもはや火を見るより明らか……おーい大丈夫か? ジャッキー・チェン!?
by 無用ノ介