オンランシネマ

サブマリン・キッド

「魔性の女」の選び方を間違えてしまった!?

サブマリン・キッド <N>
The Submarine Kid

2015年 アメリカ カラー 111分 ネットフリックス配信
監督:エリック・ビリッチ
出演:フィン・ウィットロック、エミリー・デ・レイヴィン マット・オリアリー 

 むかしむかし、いつも息を止めてばかりいる少年がいました。まわりで友だちが遊んでいても、彼だけはひとりしゃがんで息を止めているのです。プールに飛び込んで潜水記録を作るときだけ、彼はヒーローでした。変わり者の彼ですが、長い黒髪が美しい彼女もいました。記録は、5分、10分、20分と伸び続け、ついに20分に達しました。卒業記念にシルバー・レイクに飛び込んだ彼の成功を、見学している大勢の人々全員が信じていました。しかし、湖の真ん中に潜った彼は二度と地上に姿を現しませんでした……。
 そんな少年の物語を漫画にしたコミック本『サブマリン・キッド』を手にしたアフガン帰還兵のスペンサーは、漫画に描かれているのは自分のことだと思い込み、潜水の真似を始めます。コミック本を見つけたのは、アルバイトをしていた古本屋に訪ねてきた長い黒髪の女性アリスのおかげです。彼女は大好きな漫画だと、『サブマリン・キッド』全ページ全コマのセリフをそらんじてしまいました。猫が嫌いな2人は意気投合し、湖の近くで抱き合うと、一緒に湖に身を投げるのでした……。

 と、あらすじだけ書くとなかなか面白そうな映画です。思い浮かんだのは、湖のほとりの城に囚われている美女を寄宿舎の少年が救おうとする『わが青春のマリアンヌ』、デニス・ホッパーが人魚に魅入られる『ナイト・タイド』(61)、地上では息ができないんだとイルカと暮らせる海中へ泳ぎ去ってしまう『グラン・ブルー』(88)でしょうか。
 あまりアメリカらしく見えない山間部の小さな湖、潜った少年を助けようと仲間たちが服のままで泳ぐ場面などは『わが青春のマリアンヌ』を思わせます(でも、どうしてボートで助けに行かないんでしょうか)。舞台はロサンぜルス郊外、古本屋、ビーチの桟橋が出てきたり、背景はなんだか『ナイト・タイド』みたいです。水の中で暮らしたいのは……『グラン・ブルー』そのままです。

 残念なことに、作り手たちはいろいろなアイディアを詰め込みすぎました。主人公は中東帰りの海兵隊員で、戦場での記憶にさいなまれてフラッシュバックを見ています。黒いヒジャブの女が何度も出てきます。仲間たちが大勢います。バーで帰還パーティをしたり、大騒ぎをしたり、湖で泳いだり……ほんとうにいいバディたちです。弟もいます。6人ぐらい出てきますが、はっきりいって、不要です。親友ひとりぐらいにしておいたほうがわかりやすいです。作り手たちは『地獄の黙示録』や『ファンダンゴ』や『セント・エルモス・ファイアー』が好きなのでしょうが、それは別の機会に盛り込むべきだったでしょう。

 そして、問題の「長い黒髪の女」です。主人公が魅入られてしまい、この世からあの世への河を渡りかけてしまう魔性の女です。『わが青春のマリアンヌ』(55)ではマリアンヌ・ホルト、『ナイト・タイド』ではジャズ・ヴォーカリストのリンダ・ローソン、『グラン・ブルー』ではロザンナ・アークェット……ではなく、イルカでした。
 ここではオーストラリア出身でテレビシリーズ『LOST』(04〜10)『ワンス・アポン・ア・タイム』(11〜15)にレギュラー出演していたエミリー・デ・レイヴィンが宿命の女アリス役です。しかし、この人、小太りで二重アゴ、二の腕はたるんでいます。髪の毛にもツヤがなく、40代の元ゴスロリ娘にしか見えません。主人公にはきゃしゃで細オモテ美人の彼女(ジェシー・シュラム)もいるのです! どうしてこんなことになってしまったのでしょうか。たんなるデブ専だったのでしょうかね。同じアリスだったら『刑事ジョン・ルーサー』のルース・ウィルソンにしておいてくれればよかったのに……。
 主人公スペンサーを演じているのは『不屈の男 アンブロークン』(14)『マネー・ショート 華麗なる大逆転』(15)『ラ・ラ・ランド』(16)と、助演ながら話題作に立て続けに出演しているフィン・ウィットロックで、なんとなくマイケル・パレとレオナルド・デ・カプリオを足したような顔をしています。けっこう期待されている若手俳優だと思いますし、この映画は共同脚本とエグゼクティブプロデューサーを兼ねています。おそらく、主演のギャラを返上してクレジットをもらったか、製作費持ち出しで映画を作ったのだと思います。それぐらい入れ込んだ役柄だったんでしょう。わかるような気もしますが、とにかく大変な失敗は、女優選びでした。

 バーテンの役で少しだけ出てくるディラン・ムーアという女優がすごくきれいだったので、彼女のほうがまだよかったかもしれません。でも、アメリカ人ではないエキゾチックな女性が良かったのでしょう。オーストリアを舞台にした『わが青春のマリアンヌ』を意識していて、間違えてオーストラリア出身の女優を選んでしまったのでしょうか……。ハリウッドも女優不足が心配になります。

 「サブマリン・キッド」伝説を(お父さんが撮っている)8ミリ映像で見せたり、なかなか頑張っていたのに惜しいことをしました。『ドローン 無人爆撃機』(13)や『スタング』(15)など最近B級映画で主役を張っているマット・オリアリーが、親友のひとりとして出演していました。


 
2/15/2017 by 無用ノ介